お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

1章 1 幼なじみたち ①

――午前10時

「あ、迎えに来てくれたわ!」

窓から顔を覗かせると、特徴的な水色の馬車がこちらへ向かって来るのが見えた。
あの馬車は私の幼なじみ、リリス・クレイマーの馬車だ。

「お父様、リリスが来てくれたから今から出掛けてくるわね」

ベッドから身体を起こしている父に声をかけた。その傍らには7歳年下の弟のニコルが椅子に座っている。

「お姉様、またリリス様と出かけるのですか?」

ニコルは口を尖らせて尋ねてきた。
銀色の髪に青い瞳の弟はまだ12歳、天使のように愛らしい。

「ええ、そうよ。だってリリスがいなければ簡単に町へ行くことが出来ないもの」

窓を閉めながら返事をすると、父の顔が曇った。

「すまないな……フローネ。私が不甲斐ないばかりに……いつもおまえに苦労ばかりかけさせてしまって……使用人どころか、馬車まで……ゴホッ! ゴホッ!」

「お父様! 駄目よ、無理しちゃ。いいから横になっていて」

父の身体を支えてベッドに横たわらせた。

「待っていてね。リリスに町まで乗せてもらったら、お医者様から薬をもらってくるから」

「だが……薬代はどうしたのだ?」

「それなら大丈夫よ。私が働いたお金で買っているから」

「お姉様は今、お針子の仕事をしているんだよ」

ニコルが説明する。

「そうだったのか? 確かお前は近所の食堂でも働いていたじゃないか」

「ええ、そうよ。お針子の仕事は別に趣味でやっているからいいのよ。おかげで腕も上達したのよ」

「そんなに働いて……しかも家の仕事まで全てひとりでやっているのに……」

「僕だって、今はちゃんとお手伝いしているよ!」

父の言葉に反論するニコル。

「ええ、そうね。ニコルは良くお手伝いしてくれているわ」

弟の頭を撫でると、身につけていたエプロンを外した。

「それでは出掛けてくるわね」

「出掛けるって……その格好で行くのかい?」

「ええ。そうだけど……おかしいかしら?」

私が持っている服の中ではまともな方なのだけども。確かに少し古びたワンピースではあるけれども、それは仕方ない。
何故なら……。

「行ってきます、お父様。ニコル」

「ああ、行っておいで。ゆっくり会ってくるといい」
「行ってらっしゃい」

2人に見送られ、私は部屋を後にした。


****

「お待たせ! リリス!」

外に出ると既にリリスは馬車の扉を開けて待っていてくれた。

「おはよう、フローネ」

「ごめんね。今日も町まで乗せてもらって」

馬車に乗り込み、扉を閉めるとすぐに馬は走り始めた。

「フローネったら……気にしなくていいのよ。だって私達親友でしょう? それに今日は皆でクリフと会う日じゃない」

「そうだったわね……」

オレンジブラウンの長い髪を揺らしながらリリスが笑みを浮かべる。彼女の髪色は明るい太陽の下で見ると、まるで金色に輝いて見えた。
私のように、暗いグレーの髪色とは違う。

私もせめて……弟のニコルのように銀色の髪だったら良かったのに。


私とリリス、それにクリフは子供の頃からの幼なじみだった。共に年齢は19歳。もう成人年齢に達していたが、未だに仲の良い友達として交流が続いている。

そして私は子供の頃から密かにずっとクリフに恋をしていた……。

「クリフは最近忙しそうね。大学の勉強に加えて、次の当主になるための教育を家で受けているらしいから」

リリスが教えてくれた。

「そうだったのね。でもそんなに忙しい中、私達と会う時間を作ってくれるなんて感謝しないとね」

「ええ、そうね」

私の言葉に笑顔で頷くリリス。

「フフフ……一ヶ月ぶりに会うから楽しみだわ」

その時リリスが何かに気づいたかのように尋ねてきた。

「そう言えば……。フローネ、そのワンピース見覚えがあるのだけど?」

「分かった? このワンピース、リリスがくれた服よ。少し手を加えてみたの。最近お針子の仕事をするようになったのは知ってるでしょう? 余った服飾材料はもらえることになってるのよ」

「……そうだったのね。とても素敵よ。良く似合ってるわ」

「ありがとう、リリス」

「あ! そろそろ待ち合わせの広場が見えてきたわ!」

リリスが窓を開けて顔を覗かせた。
彼女がつけている香水の良い香りが私の元にも届く。

「ええ、見えてきたわね」

リリスの香水の香りを吸い込みながら、私は返事をした――





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