お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

5 ディナーの席

 皆で揃って食事処へ行くと、広々とした部屋に真っ白なテーブルクロスが敷かれた丸テーブル席に大勢のお客達が座って楽しげに食事をしていた。

 一部のお客の中には私を見ながら、何やらヒソヒソと話している。その冷たい視線が痛かった。
けれど、アデルの祖父母は彼らの視線をまるで気にする素振りも見せていない。

「あの窓際の席が空いているな。外の景色も見えるから丁度よいだろう」

「ええ、そうね。あの場所がいいわね。行きましょう」

「うん、行こう。お姉ちゃん」

アデルが私の手を引く。

「は、はい……そうですね」

窓際のテーブルに向かっている時、近くの席に座っている人たちがチラチラ私を見ている。
そのあからさまな視線がバーデン家の人々を思い出させ、思わず手が震えた。

「どうしたの? お姉ちゃん?」

私の手の震えがアデルに伝わったのだろう。

「い、いえ。何でも無いのよ?」

無理に笑顔を浮かべると、アデルが私の手をキュッと握りしめて笑い返してくれる。
その姿に少しだけ、心が落ちついた。

「いらっしゃいませ」

皆で席につくと、すぐにウェイターが水の注がれたグラスを持って現れた。

「シュタイナーという名前で、大人用と子供用のディナーセットを予約していたが、一つ追加してくれ」

シュタイナー氏がウェイターに話しかけた。

「シュタイナー様ですね? はい、確かにご予約を承っております。では一つ、追加させて頂きますね」

ウェイターはチラリと私を見ると、お辞儀をして去って行った。
恐らく彼にはそんなつもりはないのだろうが、その視線でさえ私は息が詰まりそうだった。

「お姉ちゃんも、ここに泊まっていたんだね」

すぐにアデルが話しかけてくる。

「ええ、そうなの」

「もしかして、あなたも旅行者なのかしら?」

返事をすると次に婦人が質問してきた。

「え、ええ。そんなところです」

まさか本当の事を言うことも出来ずに私は曖昧に返事をすると、シュタイナー氏が色々と話を始めた。

自分たちは、ここより汽車で4時間程先の『レアド』市に住んでおり、今回ここを訪れたのは年が離れたアデルの兄がここに住んでいるからだということだった。現在大学4年で寮に入っている。時期に卒業を迎えるそうだ。

シュタイナー氏にとって、アデルの兄という人物は自慢の孫なのだろう。
食事が運ばれてきても、饒舌に語り続けていた――

****

「すまなかったね。すっかり話に夢中になってしまったようだ」

食事が済むと、シュタイナー氏が申し訳無さそうに謝罪してきた。

「いいえ。こちらこそ楽しい時間と素晴らしい食事をご馳走になりまして大変感謝しております」

「あなたは良い教育を受けてきた方のようね」

婦人が声をかけてきた。

「え? そうでしょうか……?」

一体私の何を見てそう思ったのだろう。

「それくらい、見て分かるさ。これでも人を見る目はある方だからな」

婦人にかわり、シュタイナー氏が答えた。

「お姉ちゃんはいつまでここに泊まるの?」

「え? わ、私……? 明日の朝には、このホテルを出るつもりよ」

「そうなの? それじゃお姉ちゃんもお家に帰るんだね。私達も明日帰るんだよ〜」

「え、ええ。そうね。帰るわ」

アデルの突然の質問に戸惑ってしまう。

帰る……? 一体何処へ帰ると言うのだろう。今の私には、帰る場所は何処にもないのに。
そして私を待つ人も……。

思わず俯くと、婦人が声をかけてきた。

「あら? どうかなさったの?」

「どうしたのだ?」

婦人とシュタイナー氏が交互に声をかけてくる。

「いいえ。何でもありません。ご心配ありがとうございます」

「よし、では食事も済んだことだし……出ようか?」

シュタイナー氏に促され、私達は食事処を後にした。


****

「お姉ちゃんはどこのお部屋に泊まっているの?」

私と手を繋いで歩くアデルが質問してきた。

「私は1階の部屋に泊まっているのよ」

1階の部屋はシングル用の客室専用フロアだった。

「そうなんだ、私はね、3階のお部屋に泊まってるの」

「3階……」

確かその部屋は高級な部屋ばかりのフロアだ。やはり、私とは住む世界が違う。

部屋へ続く通路の入口で、私は足を止めるとお礼を述べた。

「今夜は本当にありがとうございました。皆様の親切は忘れません。アデルも元気でね」

「ええ!? お姉ちゃん、ここでお別れなの!?」

アデルが足にしがみついてきた。

「ええ。そうなるわね」

アデルの頭を撫でると、シュタイナー氏と婦人が思いがけない言葉を口にした。

「フローネさん。明日の朝食も一緒に食べよう」

「そうね、アデルもこんなに懐いていることだし」

「え!? そ、それは……」

まさかの言葉に戸惑っていると、アデルが訴えてきた。

「お姉ちゃん、明日も会いたいよ〜」

その可愛らしい様子が、胸を打つ。

「は、はい……では明日もよろしくお願いします……」

気付けば、私は頷いていた――


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