お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから
10 シュタイナー家
シュタイナー家のお屋敷は閑静な住宅街の中に建てられていた。
緑に囲まれた広々とした敷地はまるで住宅地の中にある広場のようだった。3階建ての白い屋敷は青い空と緑に良く映えている。
シュタイナー夫妻と共に、アデルを抱きかかえて馬車から降りた私を出迎えてくれた使用人たちは驚きの表情で見つめてきた。
けれどシュタイナー氏が私をアデルの新しいシッターだと説明すると、全員が納得してくれたのだった。
「どうぞ。この部屋を使って頂戴。隣はアデルの部屋で扉で繋がっているから自由に行き来できるようになっているのよ」
婦人に案内された部屋は、とても広くて綺麗な部屋だった。
バルコニーへ出られる大きな掃き出し窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。
日当たりも悪く、カビ臭かったバーデン家の使用人部屋とは大違いだった。
ベージュで統一された家具もどれも立派で、とても温かみを感じさせる。
本当に私のような者がこの部屋を使ってもよいのだろうか?
「あ、あの……パトリシア様。本当に、この様に素敵な部屋に住まわせていただいてよろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論よ。だってフローネさんは大切なシッターなのだから」
笑みを浮かべながら頷く婦人。
「ですが……私には何だか勿体なくて」
こんなに素晴らしい環境を与えられながら、期待に添えられなかったらどうしよう?
そんな不安が脳裏をよぎる。
そんなことないわ。シュタイナー家で働く人々には、きちんと義を尽くさなければね」
「そうなのですか?」
バーデン家とはまるで違う。罰と称してムチで打ったり、食事抜きや言及の罰を与える……そんな非人情的なことを平気で出来るような人たちばかりだった。
本当に、私は何て素晴らしい人たちに出会えたのだろう。思わず胸が熱くなる。
「このお部屋は自由に使ってちょうだい。それでフローネさんのお洋服だけど……」
婦人が私の着ている服をじっと見る。地味な薄緑色の着古した木綿のワンピースは、とてもこの屋敷には似つかわしくない。
「あ、あの。申し訳ございません。これでもまだまともな服なのですが……」
羞恥で顔が熱くなる。
「いいえ、違うの。そういう意味で言ったのでは無いのよ。メイドには制服があるけれど、シッター用の服は用意していないの。突然のことだったから、用意できなくて。フローネさんさえよければ、私が若い頃着ていたドレスがあるの。少しの間、それを着てみない? どうかしら?」
「嬉しいです。 本当にありがとうございます」
まさか、ドレスまで借りれるとは思わなかった。バーデン家とは大違いだ。
心優しいシュタイナー夫妻と、アデルの為にも誠心誠意をもって仕えようと心に決めた。
そして、この日の夜――
私の歓迎会と言うことで、ささやかな晩餐会が開かれた。
婦人が若い頃着ていたというドレスは薄紫色の品の良いツーピースドレスで、今まで一度も着たことの無いような美しいドレス。
アデルはピンク色のフリルがたっぷりのドレス姿で、まるでお人形のような愛らしさだった。
テーブル一杯に並べられたご馳走は初めての体験だった。
そして優しい人々に囲まれた穏やかな時間を過ごすのは、父がまだ存命だった頃を思い出させてくれた――
****
――21時
私はベッドで横になっているアデルに絵本を読んであげていた。
「……こうして、お姫様と王子様はずっと幸せに暮らしていきました……おしまい。どう? アデル、お話楽しかった?」
「うん。とっても楽しかった」
枕元にうさぎとくまのぬいぐるみを置いたアデルが笑顔で答える。
「どう? 眠れそう?」
「うん……あのね……」
「何? アデル」
「私が寝るまで、いて?」
「え?」
「あのね……今までの人、みんな寝る前にいなくなっちゃったの。だから一人ぼっちで寝てたの」
ポツリと寂しそうに呟くアデル。
「そうだったの? それじゃ、アデルは一人ぼっちで眠っていたの?」
「うん……」
「そんな……」
何て可哀想なのだろう。まだたった5歳なのに、こんな広い部屋で一人ぼっちで眠らされていたなんて……。
「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんはそのこと、知ってるの?」
「ううん、知らない。だって誰かに言ったら駄目ですよって言われたから」
その言葉に胸が締め付けられる。
「大丈夫よ、アデルが寝るまで何処にも行かないわ」
「本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、子守唄を歌ってあげるわ。私には弟がいて、小さい時に良く歌ってあげたのよ。聞きたい?」
「うん! 聞きたい」
ベッドの中で笑顔を見せるアデル。
「それじゃ……歌うわね」
そして私はアデルのために子守唄を歌った。
この穏やかな時間が……願わくば、ずっと続きますようにと祈りながら――
緑に囲まれた広々とした敷地はまるで住宅地の中にある広場のようだった。3階建ての白い屋敷は青い空と緑に良く映えている。
シュタイナー夫妻と共に、アデルを抱きかかえて馬車から降りた私を出迎えてくれた使用人たちは驚きの表情で見つめてきた。
けれどシュタイナー氏が私をアデルの新しいシッターだと説明すると、全員が納得してくれたのだった。
「どうぞ。この部屋を使って頂戴。隣はアデルの部屋で扉で繋がっているから自由に行き来できるようになっているのよ」
婦人に案内された部屋は、とても広くて綺麗な部屋だった。
バルコニーへ出られる大きな掃き出し窓からは明るい太陽の光が差し込んでいる。
日当たりも悪く、カビ臭かったバーデン家の使用人部屋とは大違いだった。
ベージュで統一された家具もどれも立派で、とても温かみを感じさせる。
本当に私のような者がこの部屋を使ってもよいのだろうか?
「あ、あの……パトリシア様。本当に、この様に素敵な部屋に住まわせていただいてよろしいのでしょうか?」
「ええ、勿論よ。だってフローネさんは大切なシッターなのだから」
笑みを浮かべながら頷く婦人。
「ですが……私には何だか勿体なくて」
こんなに素晴らしい環境を与えられながら、期待に添えられなかったらどうしよう?
そんな不安が脳裏をよぎる。
そんなことないわ。シュタイナー家で働く人々には、きちんと義を尽くさなければね」
「そうなのですか?」
バーデン家とはまるで違う。罰と称してムチで打ったり、食事抜きや言及の罰を与える……そんな非人情的なことを平気で出来るような人たちばかりだった。
本当に、私は何て素晴らしい人たちに出会えたのだろう。思わず胸が熱くなる。
「このお部屋は自由に使ってちょうだい。それでフローネさんのお洋服だけど……」
婦人が私の着ている服をじっと見る。地味な薄緑色の着古した木綿のワンピースは、とてもこの屋敷には似つかわしくない。
「あ、あの。申し訳ございません。これでもまだまともな服なのですが……」
羞恥で顔が熱くなる。
「いいえ、違うの。そういう意味で言ったのでは無いのよ。メイドには制服があるけれど、シッター用の服は用意していないの。突然のことだったから、用意できなくて。フローネさんさえよければ、私が若い頃着ていたドレスがあるの。少しの間、それを着てみない? どうかしら?」
「嬉しいです。 本当にありがとうございます」
まさか、ドレスまで借りれるとは思わなかった。バーデン家とは大違いだ。
心優しいシュタイナー夫妻と、アデルの為にも誠心誠意をもって仕えようと心に決めた。
そして、この日の夜――
私の歓迎会と言うことで、ささやかな晩餐会が開かれた。
婦人が若い頃着ていたというドレスは薄紫色の品の良いツーピースドレスで、今まで一度も着たことの無いような美しいドレス。
アデルはピンク色のフリルがたっぷりのドレス姿で、まるでお人形のような愛らしさだった。
テーブル一杯に並べられたご馳走は初めての体験だった。
そして優しい人々に囲まれた穏やかな時間を過ごすのは、父がまだ存命だった頃を思い出させてくれた――
****
――21時
私はベッドで横になっているアデルに絵本を読んであげていた。
「……こうして、お姫様と王子様はずっと幸せに暮らしていきました……おしまい。どう? アデル、お話楽しかった?」
「うん。とっても楽しかった」
枕元にうさぎとくまのぬいぐるみを置いたアデルが笑顔で答える。
「どう? 眠れそう?」
「うん……あのね……」
「何? アデル」
「私が寝るまで、いて?」
「え?」
「あのね……今までの人、みんな寝る前にいなくなっちゃったの。だから一人ぼっちで寝てたの」
ポツリと寂しそうに呟くアデル。
「そうだったの? それじゃ、アデルは一人ぼっちで眠っていたの?」
「うん……」
「そんな……」
何て可哀想なのだろう。まだたった5歳なのに、こんな広い部屋で一人ぼっちで眠らされていたなんて……。
「お祖父ちゃんやお祖母ちゃんはそのこと、知ってるの?」
「ううん、知らない。だって誰かに言ったら駄目ですよって言われたから」
その言葉に胸が締め付けられる。
「大丈夫よ、アデルが寝るまで何処にも行かないわ」
「本当?」
「ええ、本当よ。そうだわ、子守唄を歌ってあげるわ。私には弟がいて、小さい時に良く歌ってあげたのよ。聞きたい?」
「うん! 聞きたい」
ベッドの中で笑顔を見せるアデル。
「それじゃ……歌うわね」
そして私はアデルのために子守唄を歌った。
この穏やかな時間が……願わくば、ずっと続きますようにと祈りながら――