お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

1章 5 気まずい偶然

 リリスとクリフと会って、2週間が経過していた。

この日、私は働いている食堂のお使いで町に食材を買いに来ていた。

「え〜と、魚とお肉も買ったから……後はお砂糖ね」

買い物メモを見ながら、粉物屋さんへ足を向けた時――

「え!?」

前方に私の前を横切るように歩くリリスとクリフの姿を見つけてしまった。
2人は楽しそうに笑顔で……しかも腕を組んで歩いているのだ。

「!」

2人との距離が近かったので、慌てて建物の陰に隠れると様子を伺った。

「クリフ……あんなに楽しそうな笑顔で……」

何処から見ても2人の姿は恋人同士に見えた。
知らなかった。まさか、私に内緒で2人だけで会っていたなんて……。

まるで覗き見をしているようで、自分が惨めになってきた。
私達3人は学校で初めて出会った時から15年近い時が経っている。恐らく今までも私の知らないところで、2人だけで会っていたのだろう。

「でも、当然よね……2人は裕福な伯爵家。クリフは大学に通っているし、リリスは花嫁修業で家で家庭教師を付けてもらっている。そして私は……働かなければ暮らしていけない貧しい身分なのだから……」

自分の着ている服を見る。
これもリリスから貰った服だ。ずっと小さな頃からリリスのお下がりの服を貰って着ていた。
それも私が彼女よりも小柄な身体をしていたから譲って貰えていたのだ。

リリスは私の大切な友人であり、恩人……。大好きな2人の仲を見守っていかなければ……。

ノロノロと重い足取りで私は粉物屋へ向かった。


****

「ありがとうございましたー」

店を出て歩き始めるとすぐに、運が悪いことにクリフとリリスにばったり遭遇してしまった。

「「「あ」」」

クリフとリリスは相変わらず腕を組んでいた。クリフはバツが悪そうにリリスから腕を離す。

「あら、フローネじゃない。偶然ね。買い物に来ていたの?」

最近流行のドレス姿のリリスが私に笑顔で話しかける。

「え、ええ。そうなの。お店の買い出しに来ていたのよ。偶然ね」

心の動揺を知られないように返事をした。

「買い物に来ていたのかい? 仕事、頑張っているようだね? お父さんの体調はどう?」

「父は、ここ最近落ち着いているわ。この間は少しだけ散歩に出ることが出来たのよ」

クリフが優しく声をかけてくれる。それが嬉しかった。すると、リリスが話に入ってきた。

「私達、今しがた偶然ここで会ったのよ。お互い同じ買い物目当てだったから、一緒にいたの」

「……そうだったのね。だから一緒に歩いていたのね?」

本当はその前から2人が一緒にいる姿を見ているから嘘だということはすぐに分かる。
けれど、リリスなりに私に気を使って優しい嘘をついていてくれているのだろう。

「ところで、フローネ。……さっきから何だか生臭い臭いがしているようなんだけど……」

リリスがハンカチで鼻を押さえた。

「え!?」
 
その言葉に羞恥で真っ赤になる。買い物カゴには生魚とお肉が入っている。
このせいで、異臭がしているのだ。

「ご、ごめんなさい! 食堂のお買い物だから生魚とお肉が入っているの……。臭うわよね……」

どうしよう。
2人を不快な気持ちにさせてしまった。

「何故、フローネが謝るんだい? 食堂の買い物だから仕方ないよ。君は別に何も悪くないよ」

クリフが笑顔で優しい言葉をかけてくれる。

「あ、ありがとう……クリフ」

やっぱりクリフはとても優しい。だから私は子供の頃から彼のことが好きだったのだ。

「フローネ。買い物は終わったの?」

リリスが尋ねてきた。

「ええ。全て終わったわ」

「だったら早く戻ったほうがいいわ。食堂の仕事が待っているのでしょう?」

「そうよね、行かないと。それじゃ」

またね、とは言えなかった。私の口からは、おこがましくて言えない。
2人に背を向けて歩き始めた時。

「フローネ」

「何?」

背後からクリフが声をかけてきたので、足を止めて振り返った。すると彼は笑顔で私に手を振ってくれた。

「また3人で会おうね」

「……ええ、会いましょう」

笑顔で返事をすると、私は再び2人に背を向けて食堂へと向かった。

クリフの優しい言葉に、涙が滲みそうになるのを堪えながら――


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