お二人共、どうぞお幸せに……もう二度と勘違いはしませんから

19 クレイマー家の事情

 アドニス様と結婚の約束を交わした翌日から、リリスとアデルの3人だけで食事をすることになった。
私達がいる塔は男性が出入りすることをアドニス様は禁止してくれた。
幼児化してしまったリリスは成人男性を酷く怖がり、声を聞くだけでパニックを起こすようになってしまっていたからだった。

さらに、アドニス様はリリスを診てくれる女性医師を手配してくれた。
リリスがラインハルト家に身を寄せた翌日に、女性医師が訪れてリリスの状態を診てくれたのだ。

診断の結果、今のリリスの精神状態は7〜8歳頃らしい。
女性医師の話では、恐らくリリスは性被害に遭う前の自分に戻りたかったので精神を後退させてしまったのではないだろうかということだった。

その話を聞かされた私は、ますますクリフが許せなくなってしまった。
そんな彼の本性に気付けなかった自分が不甲斐なくてたまらない。

もし私がクリフの本性を知っていれば、リリスはこんな目に遭わなかったのかもしれない。

そう思うと、リリスに対して申し訳ない気持ちがこみ上げてならなかった――

****

 それはリリスがラインハルト家に身を寄せるようになってから、4日が経過した頃のことだった。

この日、私はアドニス様から手が空いたら書斎に来てもらいたいと連絡を受けていた。そこでリリスとアデルが昼食後の昼寝をした頃を見計らい、私はアドニス様の書斎を訪れた。


アドニス様の書斎に到着すると、扉をノックしながら声をかけた。

「アドニス様、フローネです」

すると少しの間の後、扉が開かれてアドニス様が姿を現した。

「フローネ。来てくれたんだね」

「はい、アドニス様。私にお話があるそうですね?」

「うん、その前に……」

アドニス様は部屋の扉を閉めると、突然抱きしめてきた。

「ア、アドニスさ……んっ」

戸惑い、顔を上げると唇が重ねられる。

アドニス様……。

私は彼の背中に手を回し……少しの間、無言でキスをした。
やがてアドニス様は、そっと唇を離すと私の頬を撫でてくる。

「会いたかったよ、フローネ」

こんなに素敵な男性に自分が愛される日が来るとは夢にも思っていなかった。その言葉に思わず頬が熱くなる。

「はい。私も……アドニス様にお会いしたかったです」

アドニス様と2人きりで会うのは結婚の約束をして以来だった。
心が壊れてしまったリリスは、私から少しでも離れてしまえば情緒不安定になってしまう。
そのため、アドニス様と会えない日々が続いていたのだ。
けれど、可哀想なリリスを思えば手放しで今の幸せに浸ることは……今の私にはまだ出来ないでいた。

「どうかしたのかい? フローネ」

すると私の心のうちに気付いたのか、アドニス様が尋ねてきた。

「いえ。何でもありません」

「もしかして、リリスのことかい?」

「え? ど、どうしてそれを?」

首を振るも、アドニス様にはお見通しだったようだ。

「他でもない、フローネのことだからね。心優しい君はリリスのことが気がかりなんだろう?」

「はい……そうです」

「そのことで、話があるんだ。座って話さないか?」

「はい」


ソファに座ると、早速アドニス様の話が始まった。

「実は、リリスの両親と連絡が取れてね。明日、ラインハルト家に来ることになったんだ」

「え? 本当ですか!?」

「うん。彼女の両親にリリスの話をしたら、とても驚いていたよ。……結婚相手がクリフなら大丈夫だと思っていたのにと話していたよ。」

「そうだったのですか……」

リリスの両親も、クリフの本性をしらなかったのだろう。

「リリスの身に起こったことは世間には隠していたらしい。将来の縁談に差し支えると考えて、リリス本人にも口止めしていたらしい」

アドニス様が眉を顰める。

「親なら、そう思うかもしれませんね……でも、そんなこと言われなくてもリリス本人だって誰にも話したくないと思ったはずです」

だけど……せめて、私にだけでも話してくれていれば……。

「今回の件に関しては、かなり衝撃を受けていたよ。明日11時に駅に到着するそうだ。リリスを連れて帰ると言っていたよ」

「明日の11時……」

それでは、明日……リリスとお別れすることになるのだ。

私は両手をギュッと握りしめた――



****

そして、その夜。

私はリリスとアデルと一緒に同じベッドに入った。

青白い月明かりが差し込む部屋で、隣で静かに眠るリリスをそっと見つめる。

「リリス……守ってあげられなくて、ごめんなさい……」

私はリリスの髪をそっと撫でた――




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