湖に映る月
「ああ、珍しい事もあるのだな。」

ふと声を聞いて、振り返るとどこかでお会いしたような貴族が立っていた。

「これは、皇太子様!」

兄上が庭に降りて、膝を着く。

「ええ?皇太子様?」

まさか自分の夫の顔を見忘れるなんて。

でも、仕方がない。

一年の間、顔をまともに見ていないのだから。


「そなたは?」

私はきょとんとする。

私も私なら、皇太子様も皇太子様だ。

自分の妃の顔を覚えていないなんて。

「礼子でございます。皇太子様の妃の一人でございます。」

「私の?」

兄上の言葉に、皇太子様が難しいお顔をする。

ああ、肩身が狭い。

私は一体、皇太子様の何なのだろうか。

「そうか。では今度、訪ねるとしよう。」

そう言って皇太子様は、そそくさと行ってしまわれた。
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