この恋、最後にします。
家に入ってすぐ、父の後ろ姿が目に入る。
「お父さん、ただいま」
「ん、おーーーくらげか」
新聞紙を開いてソファに深く座る父が、後ろを振り返り、私を見る。
「やっぱ遠いわ、実家」と呟く。
「なーに言ってんのくらげ、ここからじゃ会社通えないから一人暮らしにしたんでしょう?」
母は優しく言うのだ。
優しく言われるたびに思う。
なんでこんなに恵まれているのに、私は自己肯定感が低いのか。
謎であるがゆえに、考え込んでしまう悪い癖。
「なんだよ、結婚相手でも連れてきたんかと思ったのにな。な、ママ」
「え?」
「ちょ、ちょっとパパ何言ってんのよぉ~ねえ、くらげってば、あはは」
父に気を遣いながら話す母の顔。
そうだ、これだ。
懐かしいこの光景と、感情。
「ごめん、えっと、まだそういうのなくて・・・」
「あーーーそ、ママが期待して今日の夜は寿司頼んだんだ。謝っとけ?」
「い、いいのよ別に?私が早とちりしちゃっただけで」
「そっかごめん」
「帰って来て早々謝るのやめなさい。早く手でも洗ってゆっくりしな」
新聞紙を開き直し、脚も組みなおす。
実家って、懐かしい空気を思い出して、和やかに過ごすものだと思っていたけど、実際そうではないようだ。
なにやってんだろ、私。
分かってたのに。
父が昔から苦手だった。
暴力や脅しもされたことはない。
だけど、ちょっと苦手で、近寄りがたかった。
それでも、優しい母の存在で私の気持ちが和らいでいたんだと、今更ながらに思い出す。
「やっぱ帰るね」
「え?ちょっとくらげ?」
「なんだ、何のために帰ってきたんだよ。意味もないで帰ってくるものなのか?」
「パパったらそんな言い方しないでぇ?くらげったら言葉足らずなのよぉ」
「お母さんももういいよ、もういい、じゃあ」
「ちょっとぉ!まだ来たばっかりじゃない!」
床に置いたために、持ち直したボストンバックが重い。
この重さがとても辛い。