この恋、最後にします。





家に入ってすぐ、父の後ろ姿が目に入る。



「お父さん、ただいま」



「ん、おーーーくらげか」



新聞紙を開いてソファに深く座る父が、後ろを振り返り、私を見る。



「やっぱ遠いわ、実家」と呟く。



「なーに言ってんのくらげ、ここからじゃ会社通えないから一人暮らしにしたんでしょう?」



母は優しく言うのだ。



優しく言われるたびに思う。



なんでこんなに恵まれているのに、私は自己肯定感が低いのか。



謎であるがゆえに、考え込んでしまう悪い癖。




「なんだよ、結婚相手でも連れてきたんかと思ったのにな。な、ママ」



「え?」



「ちょ、ちょっとパパ何言ってんのよぉ~ねえ、くらげってば、あはは」




父に気を遣いながら話す母の顔。



そうだ、これだ。



懐かしいこの光景と、感情。





「ごめん、えっと、まだそういうのなくて・・・」




「あーーーそ、ママが期待して今日の夜は寿司頼んだんだ。謝っとけ?」




「い、いいのよ別に?私が早とちりしちゃっただけで」




「そっかごめん」




「帰って来て早々謝るのやめなさい。早く手でも洗ってゆっくりしな」




新聞紙を開き直し、脚も組みなおす。



実家って、懐かしい空気を思い出して、和やかに過ごすものだと思っていたけど、実際そうではないようだ。



なにやってんだろ、私。



分かってたのに。



父が昔から苦手だった。



暴力や脅しもされたことはない。



だけど、ちょっと苦手で、近寄りがたかった。



それでも、優しい母の存在で私の気持ちが和らいでいたんだと、今更ながらに思い出す。




「やっぱ帰るね」




「え?ちょっとくらげ?」




「なんだ、何のために帰ってきたんだよ。意味もないで帰ってくるものなのか?」




「パパったらそんな言い方しないでぇ?くらげったら言葉足らずなのよぉ」




「お母さんももういいよ、もういい、じゃあ」




「ちょっとぉ!まだ来たばっかりじゃない!」




床に置いたために、持ち直したボストンバックが重い。



この重さがとても辛い。




 
< 108 / 142 >

この作品をシェア

pagetop