この恋、最後にします。
成宮くんは「ちょっと待ってて」といい、私から離れていく。
なんとなく、分かっちゃいるけど素直に待つことにした。
課長は、すでに柏木さんの社交辞令にメロメロのようで、体は私のいる方向と真反対のほうを向いていた。
正社員で入社できなかったこの会社に私はどうしても沼にはまって退職できないでいる。
まだ20代だから、正社員の枠の会社はあるはずなのに。
辞められないでいる。かわいそうな私。
悲劇のヒロインになんかなるつもりなかったのに、誰かに認めてもらいたいと思ってしまっている。
派遣でも頑張ってる私を見て。
派遣なのに課長のご機嫌とろうとしてる私を見て。
派遣なのに正社員と同じ容量の仕事を任されてる私を見て。
派遣だから残業したら嫌な顔されるのを見越して定時までに完璧にこなしてる私を見て。
見て。
見て。
誰か認めて。
「神子谷さん、オレンジジュースです。いけます?」
オレンジジュースを両手で持つ成宮くんが、フッと現れる。
潤った宝石のように光る瞳に深い底に閉じ込められていた私の心が開いていく。
これは初めての感覚であった。
年下の特権なのか。
驚くくらい、薄汚い心が浄化されていく。
「お酒持ってきなさいよ、もう」
「ええっ、神子谷さん飲まなそうだから」
私が涙目だということに気づく成宮くんが一瞬固まったが、すぐに平然を装ってくれた。
「・・・よくわかったね」
「ああ、分かっちゃうんだよね俺」
自然と私の横に座る成宮くんに思わず目を見開いて横顔を見つめてしまう。
「え?」
「オレンジジュース飲んでる俺のこと見てたでしょ?」
目が合った瞬間がフラッシュバックされる。
先ほどの距離とは全く異なった近さでまた目が合う。
「だ、だからって飲みたいかは別でしょ」
これだけでも動揺してしまう私に大人の余裕など一ミリも感じられない。
「ん?ちなみに俺はお酒ブブー」
自分の口元にバッテンにした指をあてる。
成宮くんには、都合の悪いことは聞こえないみたいだ。
思わず笑ってしまう。
「よかった、笑うんすねちゃんと」
「私そんな冷徹じゃないわ」
「や、そういう意味じゃないけど」
気を遣っているのか、私の半分残ったビールのジョッキを机の端によせ、オレンジジュースをさりげなく置いてくれた。
「戻らなくていいの?」
「なんでそんなこと言うの」
唇を尖らせ、ふてくされる。
その姿が、とてもじゃないほど愛おしいのだ。
「ごめん」
「はいはい、戻るわ。じゃ」
「いやここにいて」
25歳なって、年下相手だからって、ちょっと素直になりすぎたか・・・?
返事がない成宮くんを、おそるおそる片目を開けて見る。
「え・・・・」