この恋、最後にします。



三人がトイレから出たのを確認し、私もそそくさと出ることに成功した。


危なかった~と安堵するのも束の間。事務所に入るとやはり成宮くんの姿を一番に発見してしまう。


目が合う。


一秒もしないうちに私が先に目をそらす。


「おーい、成宮くん来て来て!」


窓際に座る課長が成宮くんを手招いた。


「あ、はい」


律儀に横ですれ違う社員に会釈をしながら、成宮くんは課長のデスクへ向かう。


「あの~神子谷さん?」


隣のデスクの柏木さんが私に声をかける。


滅多にないことだ。


柏木さんにバレないように頭を下げ、勝手に先ほどのことを謝った気分に浸る。


「なんでしょうか...」


「あっ、この書類まとめてくれたの神子谷さんかなって」


「はい、昨日柏木さんのメールに流したの私です。印刷は私ではありませんが」


「そう...」


まずい、なにかやらかしてしまったのだろうか。


だけど聞けない。


聞いて、もし、本当にミスがあったのであれば立場上危険である。


相手が何か言うまでは知らないふりを通そう。


と思ったのも束の間。


居心地悪そうに柏木さんは体をこちらを向けたのだ。


注意するやつだ、これ。


どうにも聞きたくない一心で、体を縮こませる。



「実は、これ今日中にほしかったデータの書類なので。助かりました」


「はあ・・・」



急に感謝されたものだから、空返事をしてしまう。


まさか、感謝されるなんて。


だとしたら、あの間はなんだったのよ。と逆切れしてしまう自分の頭を軽く殴ってやりたい。


今日はなんだか、色んなことが起こりすぎて逆に12星座占いがビリなのではと疑ってしまう。



「神子谷さん」


「はい...!」


肩がビクリと跳ね上がる。


次に私に声をかけてきたのは、間違いなく課長であった。


この場合、良い話悪い話と考えることは必要ない。


「悪いが、成宮くんに仕事、教えてやってくれ」


「へ?」


悪い話しかないからね。


「簡単な仕事だけでいいから。ほら、納期の確認だけでもさ」


「や、えっと...私ですか?」


「正社員も夢じゃないぞ~」


あははとにこやかに笑いながら課長は私の肩を叩く。


”正社員も夢じゃない”なんて、課長も口から何百回も聞いている。


面倒な仕事はよく私にふってくる。


それが、正社員と派遣社員の壁であること、よく分かっている。


だけど、言い返すこともできない。


「わ、かりました。」


「おう、頼むぞ~~~」


そういうと、課長は成宮くんに何か話し、デスクへと戻っていった。


周りの社員は私と成宮くんを見ては隣同士で耳打ちしたり、派遣社員は少し安堵した表情をみせる。


溜息をし、私は成宮くんを見た。


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