《マンガシナリオ》ア ナ ロ グ レ ン ア イ
第2話 隣の家の進藤くん
◯日和の家の隣の家の前(第1話の続き)
家から出てきた凪と日和の目が合い、2人とも口をぽかんと開けて同じ顔で見つめ合ってその場で固まる。
凪「…昭原?」
日和「し、進藤くん…?」
いまいち状況が把握できていない2人の顔を交互に見つめる日和の母。
日和の母「よく見たら、日和の学校と同じ制服だけど…。もしかして、2人ともすでに知り合いだったり?」
日和「知り合いっていうか…」
凪「同じクラスです」
日和の母「あら!そうだったのっ!」
手をパチンとたたき、目を輝かせる日和の母。
日和の母「日和がお世話になっております〜!隣に越してきた昭原とお申します〜!」
凪「進藤です」
日和の母「進藤さんねっ、これからよろしくお願いします〜。これ、引っ越しのご挨拶に――」
日和の母は上機嫌に手土産の紙袋を凪に渡している。
日和(表札ないからまったく気づかなかったけど、まさか進藤くんの家が隣だったなんて…!)
2人から背を向けて冷や汗を流す日和。
日和の母「ほらっ!日和もご挨拶!」
日和の母に腕を引っ張られ、日和は凪の前へ。
日和「あっ…、ど…どーも」
日和(昼休みにあんなこと言ったあとだから、とっても気まずいー…!)
冷や汗を流しながら、なんとか笑ってこの場をやり過ごそうとする日和。
凪「さっきはどーも」
凪はペコッと会釈をする。
日和「お…お母さん!挨拶もできたことだし、早く帰ろうよ…!」
日和の母「えっ!もう?」
日和「進藤くんも忙しいだろうから〜…!」
凪と顔を合わせることが気まずく、早く家に帰りたい日和。
イケメンの凪ともう少し話したい日和の母。
日和は、日和の母の腕をつかんで引っ張ろうとする。
そんな2人に凪が声をかける。
凪「そういえば数学の課題、終わった?」
その言葉にピクリと耳が反応した日和は足を止める。
日和「課題…って?」
おそるおそる凪のほうを振り返る日和。
クスッと笑う凪。
凪「やっぱり知らなかったんだ。宿題として、タブレットに数学の課題がきてたけど。今日中に提出らしい」
日和「…きょ、今日中!?」
タブレットの使い方がわからない、課題の仕方がわからない、提出の仕方がわからない日和は冷や汗を流しながら固まる。
凪「その様子だと、もし課題を見つけてできたとしても、提出の仕方がわからないって感じだな?」
日和「そっ…そんなこと――!」
小馬鹿にしたような凪に、顔を真っ赤にして反論する日和。
――すると。
凪「俺が教えてやろうか?」
日和「え?」
キョトンとする日和。
それを見ていた日和の母は、日和の腕をつかむ。
日和の母「よかったじゃない、日和〜!タブレットの使い方がわからないって、昨日ぼやいてたでしょ」
日和「昨日はああ言ってたけど…、わたしだって課題くらい――」
日和の母「進藤くん、よろしくね。…そうだ!ちょうどクッキーを焼いてたところなの!ぜひウチにきて〜!」
日和「…ちょっとお母さん!」
凪「じゃあ、お言葉に甘えて」
あっさりと返事をした凪に、驚いて振り返る日和。
日和(待って…、嘘でしょ!?進藤くんが…ウチに!?)
◯日和の家、日和の部屋(前述の続き)
タブレットを持ちながら学習机に向かう日和。
そのそばで丸椅子に座る凪。
凪「ここのアイコンを押して――」
日和「…う、うん」
緊張した面持ちで凪からタブレットの操作を教わる日和。
淡々と説明する凪に対して、日和は気まずさで険しい表情をしている。
日和(…気まずい。でも、課題のやり方を教えてくれて…正直助かってる)
凪も隣で自分のタブレットから課題をしている。
コンコンッ
そのとき、日和の部屋のドアがノックされる。
入ってきたのは、ジュースの入ったグラスとクッキーが盛られた器をお盆の上に乗せた日和の母。
日和の母「どう〜?進藤くんに教えてもらって捗ってる?」
日和の母は、日和の部屋の折りたたみの小さな机の上にお盆を置く。
日和の母「今、焼き上がったところなの。まだまだたくさんあるから遠慮しないで食べてね、進藤くん」
凪「はい。ありがとうございます」
礼儀正しくお礼を言う凪。
その爽やかなイケメンぶりに胸を射抜かれる日和の母。
日和の母「進藤くん、ゆっくりしていってね〜♪」
日和の母は、ニコニコしながら部屋のドアを閉める。
凪「昭原、ちょっと休憩する?せっかくクッキー持ってきてもらったし」
日和「そ、そうだね」
日和は凪とテーブルを挟んで向かい合うようにして座る。
クッキーをかじって、「うまっ」とつぶやく凪。
凪は、隣の一軒家で1人で住んでいることを話す。
両親は海外赴任中で、社会人の兄がいるが転勤が多く離れて暮らしていると。
凪「それにしても、隣にだれか引っ越してきたとは思ってたけど、まさか昭原だったとはな」
日和「…わたしもびっくりだよ!」
凪「昭原って、なんかもっと茅葺き屋根みたいな家に住んでるのかとっ…」
なにを想像してか、プッと小さく笑う凪。
日和「言っておくけど、スマホ持ってないってだけで、普通の生活はしてるからね?わたし以外の家族は、みんなスマホ持ってるよ」
凪「あ、そうなの?」
日和の父と母は、三郷村にいるときは社用のスマホを持っていた。
つまり日和の家にはWi-Fiも飛んでいた。
しかし、電波のない三郷村では仕事以外でスマホを使うことはなかった。
こっちに引っ越してきてからは、よくスマホをいじっている両親の姿を見かけるようになった日和。
周りも普通に持っているからと言われ、近々弟の輝生もスマホ購入予定。
持っていないのは日和だけ。
凪「弟も買うなら、昭原もスマホ買ってもらえばいいのに」
日和「わたしはいらないよ。機械音痴だし」
凪「そうみたいだな。全然タブレットの使い方覚えられてないじゃん」
クッキーをかじりながら、タブレットを触る日和の手に目を向けながらクスクスと笑う凪。
笑われて、日和は頬を少し膨らませる。
日和「それに、スマホなくたって今の生活に困ってないし」
凪「困ってないって言ったって、スマホがあればタブレットの操作でわからないところあったら、俺に電話かメッセージくれたらすぐ答えられるのに」
日和「大丈夫ですっ。徐々にタブレットもわかってきたか――」
凪「あっ、そこじゃないよ」
タブレットで違うアイコンを押した日和の動作にすぐに気づいて画面をのぞき込む凪。
ふと顔を上げたら凪の顔が間近にあって、とっさに頬が赤くなる日和。
それに気づいた凪が顔の赤い日和に視線を向け、ニッと口角を上げる。
凪「なに?もしかして、惚れた?」
日和「…なっ……!」
凪「冗談だよっ」
笑ってみせる凪。
からかわれ、目を細めて凪を見つめる日和。
日和「…やっぱり進藤くんって、慣れてるよね?こういうこと」
凪「こういうことって?」
日和「その…、女の子を喜ばせたりドキッとさせたりすること」
それを聞いた凪は一瞬キョトンとした顔を見せる。
そのあとに、笑いをこらえるようにしながらもクスクスと肩を揺らしながら笑っている。
凪「そんなふうに見えた?実際はそんなことないよ」
日和「嘘だぁ〜…」
凪「だって俺、口説くのはスマホでだけ。面と向き合うよりも、スマホのほうが女の子のほしい言葉が片手で簡単に送れるから」
余裕の笑みを見せる凪。
日和(…そうだった!今日の昼休みのときの電話での振り方といい、進藤くんはなんでもスマホで済ませるタイプだった…!)
そんなことを心の中で思いながら、日和はじっと凪を見つめる。
凪「でも…」
ふと凪がつぶやく。
凪「昼休みの昭原の言葉…、わりと胸に刺さったんだよね」
日和「…え?」
昼休みのことを思い出す日和。
◯(回想)今日の昼休み
凪「べつに…『好き』って言われても困るんだよね。俺の気持ちは変わらないから」
凪は陰にいる日和に気づかず、屋上の手すりにもたれながら電話をしている。
日和「あの言い方はちょっときつすぎなんじゃないかな…」
凪「そんなこと言ったって、べつに付き合ってるわけじゃないし。それに、相手の顔も見えないんだからなに言ってもいいんじゃない?」
フッと笑みを見せながらも、冷たく言い放つ凪。
凪のその言葉と態度に、日和はきゅっと唇を噛み、胸に手を当てる。
日和「…顔が見えなかったらなにを言ってもいいの?」
凪「え?」
日和「顔が見えなくたって、そのスマホでやり取りしている電話の向こう側には、ちゃんと相手がいるんだよ?ロボットじゃないんだよ?顔を見なくちゃ、そのコがどんな表情をしてどんな気持ちで聞いてるのかもわからないの!?」
凪に訴えかける日和。
(回想終了)
◯日和の家、日和の部屋(回想前の続き)
凪「あのあと1人で考えたら、やっぱり昭原の言うとおりだったかもって思って。顔が見えない電話だから好き勝手言ったけど、相手の気持ち…全然考えてなかったって」
日和「進藤くん…」
凪「だからさっ。俺、直接言いに行ったよ。ちゃんと相手の顔見て。そうしたら、わかってくれた」
それを聞いて、はっとして凪が午後から学校を早退したときのことを思い返す日和。
日和「…もしかして、今日お昼から学校にいなかったのって…」
凪「そう。電話相手のコに会いにいってた。そしたら、向こうも意外とすんなりと納得してくれた。昭原の言うとおり、スマホでじゃなくて顔見て話したほうがよかったかも」
ニッと笑ってみせる凪。
日和(…進藤くん)
凪「あっ、また違うって。先生からの課題開けるときはここだって」
日和が操作していたタブレットを指摘して指さす凪。
日和「進藤くんのおかげで、ちょっとわかってきたかも」
凪「そっか。よかった」
ふと、日和の部屋のベランダ窓に目を向ける凪。
そこからは隣の凪の家の玄関先が見える。
凪の家の前に止まろうとする運送会社のトラックが見える。
それを見て、慌てて荷物を片付けて立ち上がる凪。
日和「どうしたの?」
凪「そういえば今日、家に再配達の荷物が届くんだった…!」
日和「荷物?」
日和はベランダ窓のレースカーテンの隙間から外をうかがう。
凪の家の前に運送会社のトラックが止まっていて、運転手の人が降りてきて段ボール箱を抱えているのが見えた。
凪「昭原、悪い…!俺、帰るわ。…食べるだけ食べて、片付けできなくてごめんっ」
日和「いいよ、そんなこと。それよりも、早く行って!」
凪は慌てて日和の部屋を出ていく。
日和もそのあとをついていく。
階段を駆け下りる足音を聞いて、1階にいた日和の母がリビングから顔を出す。
日和の母「あら?進藤くん、もう帰っちゃうの?」
凪「はい!クッキーおいしかったです、ごちそうさまでした」
玄関で素早く靴をはく凪。
日和の母「よかったら、また遊びにきてね」
凪「ありがとうございます!お邪魔しました」
凪が開けてゆっくりと閉まりつつある玄関のドアを見つめる日和と日和の母。
日和の母「進藤くん、どうしちゃったのかしら?あんなに慌てて」
日和「家に荷物が届けられてるのが、わたしの部屋から見えて」
日和の母「ああ、なるほど。ところで、タブレットの課題わかったの?」
日和「うん。進藤くんに教えてもらったおかげで」
日和の母「そう。お礼は言った?」
日和「…お礼?」
一瞬ぽかんとする日和。
最後バタバタしたせいで、お礼を言いそびれたことに気づいてはっとする日和。
日和の母「仕方ないコね〜。明日、ちゃんと進藤くんにお礼言っておくのよ」
日和「う、うん…!そうする」
◯日和の学校、空き教室(翌日)
学校に登校する日和。
この前、黒板にあったメッセージに対して返事を書いた空き教室のドアを開ける。
日和(…なんとなく気になってここにきてしまった。前にここにあったメッセージ…、だれか見てくれたりしたのかな)
期待せずに黒板に近づく日和。
すると、そこに書かれていたメッセージを見て目を見開ける。
前に【なんかだりぃ】と書かれていた文字は消されていて、日和がそれに対して書いた【どうしたの?】という言葉の下に新たなメッセージが書かれてあった。
【学校つまんねぇ】と。
日和(返事してくれてる…!)
思わず笑みがこぼれる日和。
しかし返信に困り、顎に手を当てて少し考え込む。
そして、そのメッセージの下に【でも楽しいこともきっとあるよ】と書き足して、日和は空き教室から出ていく。
◯日和の学校、日和の教室(前述の続き、授業中)
数学の授業。
数学の先生「昨日の課題ですが、みなさんもれなく提出できていて――」
数学の先生のその言葉に、ほっと胸をなでおろす日和。
チラリと隣の凪の席を見る。
しかし、そこは空席。
日和(進藤くんがきたら朝一番に昨日のお礼を言おうと思ったけど、進藤くんは学校にこなかった)
2限も凪は姿を見せず、3限は美術室への移動のため教室から離れることに。
クラスメイトたちが美術の教科書を抱え教室から出ていく中で、日和は1人残って座席でなにかを書いている。
星柄のメモ用紙に【昨日は教えてくれてありがとう。とっても助かりました。昭原】と書き込む。
そのメモ用紙に飴玉を1個入れて、かわいい形に折った手紙が完成する。
日和(進藤くん、いつ学校くるかわからないし…。でも、せめて昨日のお礼は言っておきたいし)
日和は、その手紙をそっと隣の席の凪の机の中に入れておく。
◯日和の学校、教室(前述の続き、4限)
3限の美術で美術室から戻ってきた日和。
未だに、凪の席は空席のまま。
4限の国語の授業を受けていると、教室のドアが開く音がする。
目を向けると、眠たそうに目を擦る凪の姿が。
国語の先生「進藤くん、遅刻ですか?」
凪「はいっ。単純に寝坊っす」
そう言うと、凪はマイペースに自分の席へとやってくる。
凪に話しかけようとする日和。
国語の先生「はい!それでは、授業再開しますよ!」
国語の先生のその言葉に、日和は凪に話しかけようとしたのをやめ、再び黒板のほうへ目を向ける。
日和の隣の自分の席へ腰を下ろす凪。
前を見つつ、チラリと横に目を向ける日和。
凪はリュックからペンケースを出したり、机の中から教科書を出そうとしている。
凪「…なんだこれ?」
そのとき、机の中に入れていた日和からの手紙に凪が気づき、小さくつぶやく。
その声にドキッとする日和。
凪「手紙…?」
机の上に手紙を広げ、出てきた飴玉を手に取り手紙の内容に目を移す凪。
凪の反応が気になって、授業を聞いているふうを装いながらもドキドキしながら待つ日和。
日和からの短い手紙を読み終わった凪から、フッと小さな笑い声がもれる。
凪「手紙って…。今どきいねぇよ、こういうことしてくるようなやつ」
言葉とは裏腹に、笑みをこぼす凪。
凪は飴玉を袋から出して、口の中へと放り込む。
凪「このアメ、うまっ」
自分が渡したアメが凪の手に渡り、それを食べてくれたことにドキッとする日和。
凪「あんなのお安い御用。どういたしまして」
小さくつぶやく凪の声が聞こえ、うれし恥ずかしで顔がにやけてしまう日和。
家から出てきた凪と日和の目が合い、2人とも口をぽかんと開けて同じ顔で見つめ合ってその場で固まる。
凪「…昭原?」
日和「し、進藤くん…?」
いまいち状況が把握できていない2人の顔を交互に見つめる日和の母。
日和の母「よく見たら、日和の学校と同じ制服だけど…。もしかして、2人ともすでに知り合いだったり?」
日和「知り合いっていうか…」
凪「同じクラスです」
日和の母「あら!そうだったのっ!」
手をパチンとたたき、目を輝かせる日和の母。
日和の母「日和がお世話になっております〜!隣に越してきた昭原とお申します〜!」
凪「進藤です」
日和の母「進藤さんねっ、これからよろしくお願いします〜。これ、引っ越しのご挨拶に――」
日和の母は上機嫌に手土産の紙袋を凪に渡している。
日和(表札ないからまったく気づかなかったけど、まさか進藤くんの家が隣だったなんて…!)
2人から背を向けて冷や汗を流す日和。
日和の母「ほらっ!日和もご挨拶!」
日和の母に腕を引っ張られ、日和は凪の前へ。
日和「あっ…、ど…どーも」
日和(昼休みにあんなこと言ったあとだから、とっても気まずいー…!)
冷や汗を流しながら、なんとか笑ってこの場をやり過ごそうとする日和。
凪「さっきはどーも」
凪はペコッと会釈をする。
日和「お…お母さん!挨拶もできたことだし、早く帰ろうよ…!」
日和の母「えっ!もう?」
日和「進藤くんも忙しいだろうから〜…!」
凪と顔を合わせることが気まずく、早く家に帰りたい日和。
イケメンの凪ともう少し話したい日和の母。
日和は、日和の母の腕をつかんで引っ張ろうとする。
そんな2人に凪が声をかける。
凪「そういえば数学の課題、終わった?」
その言葉にピクリと耳が反応した日和は足を止める。
日和「課題…って?」
おそるおそる凪のほうを振り返る日和。
クスッと笑う凪。
凪「やっぱり知らなかったんだ。宿題として、タブレットに数学の課題がきてたけど。今日中に提出らしい」
日和「…きょ、今日中!?」
タブレットの使い方がわからない、課題の仕方がわからない、提出の仕方がわからない日和は冷や汗を流しながら固まる。
凪「その様子だと、もし課題を見つけてできたとしても、提出の仕方がわからないって感じだな?」
日和「そっ…そんなこと――!」
小馬鹿にしたような凪に、顔を真っ赤にして反論する日和。
――すると。
凪「俺が教えてやろうか?」
日和「え?」
キョトンとする日和。
それを見ていた日和の母は、日和の腕をつかむ。
日和の母「よかったじゃない、日和〜!タブレットの使い方がわからないって、昨日ぼやいてたでしょ」
日和「昨日はああ言ってたけど…、わたしだって課題くらい――」
日和の母「進藤くん、よろしくね。…そうだ!ちょうどクッキーを焼いてたところなの!ぜひウチにきて〜!」
日和「…ちょっとお母さん!」
凪「じゃあ、お言葉に甘えて」
あっさりと返事をした凪に、驚いて振り返る日和。
日和(待って…、嘘でしょ!?進藤くんが…ウチに!?)
◯日和の家、日和の部屋(前述の続き)
タブレットを持ちながら学習机に向かう日和。
そのそばで丸椅子に座る凪。
凪「ここのアイコンを押して――」
日和「…う、うん」
緊張した面持ちで凪からタブレットの操作を教わる日和。
淡々と説明する凪に対して、日和は気まずさで険しい表情をしている。
日和(…気まずい。でも、課題のやり方を教えてくれて…正直助かってる)
凪も隣で自分のタブレットから課題をしている。
コンコンッ
そのとき、日和の部屋のドアがノックされる。
入ってきたのは、ジュースの入ったグラスとクッキーが盛られた器をお盆の上に乗せた日和の母。
日和の母「どう〜?進藤くんに教えてもらって捗ってる?」
日和の母は、日和の部屋の折りたたみの小さな机の上にお盆を置く。
日和の母「今、焼き上がったところなの。まだまだたくさんあるから遠慮しないで食べてね、進藤くん」
凪「はい。ありがとうございます」
礼儀正しくお礼を言う凪。
その爽やかなイケメンぶりに胸を射抜かれる日和の母。
日和の母「進藤くん、ゆっくりしていってね〜♪」
日和の母は、ニコニコしながら部屋のドアを閉める。
凪「昭原、ちょっと休憩する?せっかくクッキー持ってきてもらったし」
日和「そ、そうだね」
日和は凪とテーブルを挟んで向かい合うようにして座る。
クッキーをかじって、「うまっ」とつぶやく凪。
凪は、隣の一軒家で1人で住んでいることを話す。
両親は海外赴任中で、社会人の兄がいるが転勤が多く離れて暮らしていると。
凪「それにしても、隣にだれか引っ越してきたとは思ってたけど、まさか昭原だったとはな」
日和「…わたしもびっくりだよ!」
凪「昭原って、なんかもっと茅葺き屋根みたいな家に住んでるのかとっ…」
なにを想像してか、プッと小さく笑う凪。
日和「言っておくけど、スマホ持ってないってだけで、普通の生活はしてるからね?わたし以外の家族は、みんなスマホ持ってるよ」
凪「あ、そうなの?」
日和の父と母は、三郷村にいるときは社用のスマホを持っていた。
つまり日和の家にはWi-Fiも飛んでいた。
しかし、電波のない三郷村では仕事以外でスマホを使うことはなかった。
こっちに引っ越してきてからは、よくスマホをいじっている両親の姿を見かけるようになった日和。
周りも普通に持っているからと言われ、近々弟の輝生もスマホ購入予定。
持っていないのは日和だけ。
凪「弟も買うなら、昭原もスマホ買ってもらえばいいのに」
日和「わたしはいらないよ。機械音痴だし」
凪「そうみたいだな。全然タブレットの使い方覚えられてないじゃん」
クッキーをかじりながら、タブレットを触る日和の手に目を向けながらクスクスと笑う凪。
笑われて、日和は頬を少し膨らませる。
日和「それに、スマホなくたって今の生活に困ってないし」
凪「困ってないって言ったって、スマホがあればタブレットの操作でわからないところあったら、俺に電話かメッセージくれたらすぐ答えられるのに」
日和「大丈夫ですっ。徐々にタブレットもわかってきたか――」
凪「あっ、そこじゃないよ」
タブレットで違うアイコンを押した日和の動作にすぐに気づいて画面をのぞき込む凪。
ふと顔を上げたら凪の顔が間近にあって、とっさに頬が赤くなる日和。
それに気づいた凪が顔の赤い日和に視線を向け、ニッと口角を上げる。
凪「なに?もしかして、惚れた?」
日和「…なっ……!」
凪「冗談だよっ」
笑ってみせる凪。
からかわれ、目を細めて凪を見つめる日和。
日和「…やっぱり進藤くんって、慣れてるよね?こういうこと」
凪「こういうことって?」
日和「その…、女の子を喜ばせたりドキッとさせたりすること」
それを聞いた凪は一瞬キョトンとした顔を見せる。
そのあとに、笑いをこらえるようにしながらもクスクスと肩を揺らしながら笑っている。
凪「そんなふうに見えた?実際はそんなことないよ」
日和「嘘だぁ〜…」
凪「だって俺、口説くのはスマホでだけ。面と向き合うよりも、スマホのほうが女の子のほしい言葉が片手で簡単に送れるから」
余裕の笑みを見せる凪。
日和(…そうだった!今日の昼休みのときの電話での振り方といい、進藤くんはなんでもスマホで済ませるタイプだった…!)
そんなことを心の中で思いながら、日和はじっと凪を見つめる。
凪「でも…」
ふと凪がつぶやく。
凪「昼休みの昭原の言葉…、わりと胸に刺さったんだよね」
日和「…え?」
昼休みのことを思い出す日和。
◯(回想)今日の昼休み
凪「べつに…『好き』って言われても困るんだよね。俺の気持ちは変わらないから」
凪は陰にいる日和に気づかず、屋上の手すりにもたれながら電話をしている。
日和「あの言い方はちょっときつすぎなんじゃないかな…」
凪「そんなこと言ったって、べつに付き合ってるわけじゃないし。それに、相手の顔も見えないんだからなに言ってもいいんじゃない?」
フッと笑みを見せながらも、冷たく言い放つ凪。
凪のその言葉と態度に、日和はきゅっと唇を噛み、胸に手を当てる。
日和「…顔が見えなかったらなにを言ってもいいの?」
凪「え?」
日和「顔が見えなくたって、そのスマホでやり取りしている電話の向こう側には、ちゃんと相手がいるんだよ?ロボットじゃないんだよ?顔を見なくちゃ、そのコがどんな表情をしてどんな気持ちで聞いてるのかもわからないの!?」
凪に訴えかける日和。
(回想終了)
◯日和の家、日和の部屋(回想前の続き)
凪「あのあと1人で考えたら、やっぱり昭原の言うとおりだったかもって思って。顔が見えない電話だから好き勝手言ったけど、相手の気持ち…全然考えてなかったって」
日和「進藤くん…」
凪「だからさっ。俺、直接言いに行ったよ。ちゃんと相手の顔見て。そうしたら、わかってくれた」
それを聞いて、はっとして凪が午後から学校を早退したときのことを思い返す日和。
日和「…もしかして、今日お昼から学校にいなかったのって…」
凪「そう。電話相手のコに会いにいってた。そしたら、向こうも意外とすんなりと納得してくれた。昭原の言うとおり、スマホでじゃなくて顔見て話したほうがよかったかも」
ニッと笑ってみせる凪。
日和(…進藤くん)
凪「あっ、また違うって。先生からの課題開けるときはここだって」
日和が操作していたタブレットを指摘して指さす凪。
日和「進藤くんのおかげで、ちょっとわかってきたかも」
凪「そっか。よかった」
ふと、日和の部屋のベランダ窓に目を向ける凪。
そこからは隣の凪の家の玄関先が見える。
凪の家の前に止まろうとする運送会社のトラックが見える。
それを見て、慌てて荷物を片付けて立ち上がる凪。
日和「どうしたの?」
凪「そういえば今日、家に再配達の荷物が届くんだった…!」
日和「荷物?」
日和はベランダ窓のレースカーテンの隙間から外をうかがう。
凪の家の前に運送会社のトラックが止まっていて、運転手の人が降りてきて段ボール箱を抱えているのが見えた。
凪「昭原、悪い…!俺、帰るわ。…食べるだけ食べて、片付けできなくてごめんっ」
日和「いいよ、そんなこと。それよりも、早く行って!」
凪は慌てて日和の部屋を出ていく。
日和もそのあとをついていく。
階段を駆け下りる足音を聞いて、1階にいた日和の母がリビングから顔を出す。
日和の母「あら?進藤くん、もう帰っちゃうの?」
凪「はい!クッキーおいしかったです、ごちそうさまでした」
玄関で素早く靴をはく凪。
日和の母「よかったら、また遊びにきてね」
凪「ありがとうございます!お邪魔しました」
凪が開けてゆっくりと閉まりつつある玄関のドアを見つめる日和と日和の母。
日和の母「進藤くん、どうしちゃったのかしら?あんなに慌てて」
日和「家に荷物が届けられてるのが、わたしの部屋から見えて」
日和の母「ああ、なるほど。ところで、タブレットの課題わかったの?」
日和「うん。進藤くんに教えてもらったおかげで」
日和の母「そう。お礼は言った?」
日和「…お礼?」
一瞬ぽかんとする日和。
最後バタバタしたせいで、お礼を言いそびれたことに気づいてはっとする日和。
日和の母「仕方ないコね〜。明日、ちゃんと進藤くんにお礼言っておくのよ」
日和「う、うん…!そうする」
◯日和の学校、空き教室(翌日)
学校に登校する日和。
この前、黒板にあったメッセージに対して返事を書いた空き教室のドアを開ける。
日和(…なんとなく気になってここにきてしまった。前にここにあったメッセージ…、だれか見てくれたりしたのかな)
期待せずに黒板に近づく日和。
すると、そこに書かれていたメッセージを見て目を見開ける。
前に【なんかだりぃ】と書かれていた文字は消されていて、日和がそれに対して書いた【どうしたの?】という言葉の下に新たなメッセージが書かれてあった。
【学校つまんねぇ】と。
日和(返事してくれてる…!)
思わず笑みがこぼれる日和。
しかし返信に困り、顎に手を当てて少し考え込む。
そして、そのメッセージの下に【でも楽しいこともきっとあるよ】と書き足して、日和は空き教室から出ていく。
◯日和の学校、日和の教室(前述の続き、授業中)
数学の授業。
数学の先生「昨日の課題ですが、みなさんもれなく提出できていて――」
数学の先生のその言葉に、ほっと胸をなでおろす日和。
チラリと隣の凪の席を見る。
しかし、そこは空席。
日和(進藤くんがきたら朝一番に昨日のお礼を言おうと思ったけど、進藤くんは学校にこなかった)
2限も凪は姿を見せず、3限は美術室への移動のため教室から離れることに。
クラスメイトたちが美術の教科書を抱え教室から出ていく中で、日和は1人残って座席でなにかを書いている。
星柄のメモ用紙に【昨日は教えてくれてありがとう。とっても助かりました。昭原】と書き込む。
そのメモ用紙に飴玉を1個入れて、かわいい形に折った手紙が完成する。
日和(進藤くん、いつ学校くるかわからないし…。でも、せめて昨日のお礼は言っておきたいし)
日和は、その手紙をそっと隣の席の凪の机の中に入れておく。
◯日和の学校、教室(前述の続き、4限)
3限の美術で美術室から戻ってきた日和。
未だに、凪の席は空席のまま。
4限の国語の授業を受けていると、教室のドアが開く音がする。
目を向けると、眠たそうに目を擦る凪の姿が。
国語の先生「進藤くん、遅刻ですか?」
凪「はいっ。単純に寝坊っす」
そう言うと、凪はマイペースに自分の席へとやってくる。
凪に話しかけようとする日和。
国語の先生「はい!それでは、授業再開しますよ!」
国語の先生のその言葉に、日和は凪に話しかけようとしたのをやめ、再び黒板のほうへ目を向ける。
日和の隣の自分の席へ腰を下ろす凪。
前を見つつ、チラリと横に目を向ける日和。
凪はリュックからペンケースを出したり、机の中から教科書を出そうとしている。
凪「…なんだこれ?」
そのとき、机の中に入れていた日和からの手紙に凪が気づき、小さくつぶやく。
その声にドキッとする日和。
凪「手紙…?」
机の上に手紙を広げ、出てきた飴玉を手に取り手紙の内容に目を移す凪。
凪の反応が気になって、授業を聞いているふうを装いながらもドキドキしながら待つ日和。
日和からの短い手紙を読み終わった凪から、フッと小さな笑い声がもれる。
凪「手紙って…。今どきいねぇよ、こういうことしてくるようなやつ」
言葉とは裏腹に、笑みをこぼす凪。
凪は飴玉を袋から出して、口の中へと放り込む。
凪「このアメ、うまっ」
自分が渡したアメが凪の手に渡り、それを食べてくれたことにドキッとする日和。
凪「あんなのお安い御用。どういたしまして」
小さくつぶやく凪の声が聞こえ、うれし恥ずかしで顔がにやけてしまう日和。