《マンガシナリオ》ア ナ ロ グ レ ン ア イ
第3話 手紙交換
◯日和の家、リビング(朝)
朝食で、家族がリビングに集まる。
ダイニングテーブルを囲むようにして、日和の家族が座って朝食を取る。
日和の母「こらっ、輝生!ご飯のときはスマホは触らないって何度言ったらわかるの!」
トーストをかじりながらスマホをいじる輝生に注意する日和の母。
輝生「…これだけ!これ返信したら触らないからっ」
輝生は手慣れた様子で素早くメッセージを打つと、送信したのかスマホをテーブルに置く。
日和(輝生はスマホを買ってもらってからいつもこんな感じ)
やれやれといった表情で輝生を横目に見る日和。
日和の父「そういえば2人とも、新しい学校になって2週間がたったがもう慣れたか?」
輝生「バッチリ!クラスでも仲いいやつたくさんいるし、部活もすっげー楽しいし!」
日和の父「それはよかったな。だからといって、友達と連絡を取り合うのはいいが、それでスマホばっかりになるようなら没収するからな」
にこやかな表情から少し険しい顔になって輝生を見つめる日和の父。
輝生「わ、わかってるよ…!」
輝生は慌ててトーストを頬張る。
日和の父「日和も友達はできたのか?」
日和「ああ…、うん。まあねっ」
日和(あいさつ程度はするけれど、実は…わたしは未だに友達と呼べるような人はいない)
笑ってごまかす日和。
◯日和の学校までの道、住宅街(前述の続き)
カバンを肩にかけ歩いている日和。
日和(まだ友達はいないけど、“友達みたいな存在”ならいる)
◯日和の学校、空き教室(前述の続き)
学校に登校後、真っ先に黒板にメッセージを残していた空き教室へと向かう日和。
日和は、空き教室のドアを開けて中に入る。
そのまま、一直線に黒板へと向かう。
黒板に書かれていたメッセージの見て、微笑む日和。
日和(なんとなく過ぎていく学校生活だけど、今のわたしの楽しみはこの黒板でのメッセージのやり取りだったり)
ここ最近のメッセージのやり取りを思い返す日和。
以前、【学校つまんねぇ】というメッセージに対して、【でも楽しいこともきっとあるよ】と日和は返した。
そのあと、【楽しいことなんてねぇと思ったけど、あった】と返事があった。
それからもメッセージは続き――。
【どんなこと?】
【おもしろいやつ見つけた】
【よかったね】と一昨日日和が書いたメッセージに対して、今日の黒板には【あんたのおかげだよ】と書いてあった。
日和(顔も知らないだれかさん。でも、この学校にいるだれかなのはたしか。この何気ないやり取りが楽しい)
日和は微笑みながら、【それはどういたしまして】と返事を書いた。
◯日和の学校、教室(前述の続き)
6限、ホームルーム。
教壇に立つ担任。
担任「今日のホームルームはいろいろやることがあるが、まずは先週時間がなくて学級委員だけ決まってなかったから、それからするぞ〜」
クラスメイトたち「「え〜…!」」
担任「『え〜…!』じゃない。さっそく今日の放課後に学級委員会があるからな。絶対に今決める必要があるんだよ」
クラスメイトたちはブツブツと小言を言う。
担任「立候補がないなら、くじ引きにするぞ〜」
担任は適当に紙を切っていく。
担任「まずは女子から〜。くじ引きにきて」
クラスメイトの女の子たちは重い腰を上げて、やる気なさそうにくじを引いていく。
クラスメイト女子「絶対学級委員とかなりたくないんだけど〜…」
クラスメイト女子「ね〜。一番仕事が多いって聞くし」
小言を言いながら、くじの列に並ぶクラスメイトたち。
担任「はい、次!引いたくじ広げて」
教壇の上に散らばった折られた紙を1人ずつ取っていき、その場で紙を開く。
学級委員の当たり(ハズレ?)くじにだけ印がついている。
クラスメイト女子「よかったー!セーフ!」
クラスメイト女子「いいな〜」
当たりくじが出ないまま、日和の番も近くなる。
そのとき――。
クラスメイト女子「…え゙っ!!」
くじを引いたクラスメイトから変な声がもれる。
その持っていたくじをのぞく担任。
担任「お〜、おめでとう。女子学級委員の決定だな」
日和の3番前の女の子が印のついたくじを引いた。
クラスでも人気のあるリーダー的な女の子、井尻さん。
井尻さん「ちょっと待ってよ、先生…!あたし、放課後はいろいろと忙しくて委員会なんて出られませんっ」
担任「放課後は忙しいって、井尻はべつに部活入ってないだろ?」
井尻さん「…そうですけどっ。それなら、他に帰宅部の人だってたくさんいます!」
担任「仕方ないだろ。くじ引きで決まったんだから」
担任に言われ、ぐうの音も出ない井尻さん。
不服そうに頬を膨らませて担任を睨みつける。
井尻さん「でも、先生!学級委員って、委員会の中でも一番重要じゃないですか。そんな大事な学級委員をこんなくじ引きで決めるのはよくないと思うんです!」
担任「じゃあ、井尻にはなにかいい案があるっていうのか?」
担任のその言葉に対し、井尻さんは自信満々な笑みを見せる。
井尻さん「はい!推薦がいいと思います!」
担任「推薦?」
井尻さん「学級委員は、やっぱり真面目な人でないと務まらないので、あたしは――」
井尻さんは、チラリと日和に目を向ける。
嫌な予感がして、ドキッとする日和。
井尻さん「昭原さんを女子学級委員に推薦します!」
クラスメイトたちの視線が一斉に日和に向けられる。
日和「…わ、わたし…!?」
驚く日和。
担任「だそうだ。どうする、昭原?」
日和「そう言われましても…」
困っている日和を押しのけて、担任に向かって手を挙げる井尻さん。
井尻さん「だったら、先生!あたしと昭原さんで、クラスの女子に多数決を取ってください!」
日和(多数決…!?ていうか、どうしてこんな流れにっ…)
あわあわしながら井尻さんと担任の話を交互に聞く日和。
担任「多数決って言ったって、女子の人数は偶数だから半々になることもあり得るぞ?」
井尻さん「そのときは、あたしが学級委員をします!…というか、1票でもあたしに票が入ればあたしが引き受けます!」
担任「1票でも?それなら、ほぼ確実で井尻が学級委員だぞ?」
井尻さん「いいです、それで」
それを聞いて、ほっと胸をなで下ろす日和。
日和(多数決になると聞いてびっくりしたけど、…なんだよかった。クラスの女の子全員がわたしに票を入れない限り、わたしが学級委員になることはない)
自分は学級委員をやることはないと見越して、安心する日和。
担任「ということだが、昭原はそれでいいのか?」
日和「はい。大丈夫です」
それを聞いて、ニヤリと陰で笑う井尻さん。
そのあと、クラスメイトたちは一旦着席し、女の子のみで女子学級委員の多数決を取ることに。
壇上に並んで立つ井尻さんと日和。
担任「それじゃあ、多数決を取るぞ。どっちが女子学級委員にふさわしいか手を挙げろ〜」
大丈夫とは思いつつも、みんなの前に立って緊張でごくりとつばを飲む日和。
担任「まずは、井尻。井尻が学級委員になったほうがいいと思うやつは手を挙げろ」
日和(大丈夫。女の子のだれか1人でも手を挙げたら――)
しかし、日和は驚いて目を見開ける。
しーんと静まり返る教室内。
なんと、手を挙げる人はだれひとりいなかった。
日和(…え……)
担任「じゃあ、次に昭原がいいと思うやつ手を挙げろ」
先生のその言葉に、クラスの女の子全員が一斉に手を挙げる。
担任「お〜…、これはなんとも」
はっきりと結果の分かれた多数決に担任も驚いている。
勝ち誇ったように笑みを見せる井尻さん。
井尻さん「先生!昭原さんに全部の票が入りましたよ!こんなに圧倒的な差が出たら、あたしが学級委員をやるのはクラスに申し訳がないです〜」
担任「…う〜ん、まさかとは思ったが」
井尻さん「先生、あたし言いましたよね!?約束は約束ですよ?」
担任「そうだな…」
井尻さん「やった!…じゃなくて。あーあ、学級委員任せてもらえなくて残念っ」
井尻さんはあからさまに残念そうな表情を見せる。
担任「昭原、こういう結果になったんだが…。学級委員、やれるか?」
担任に問いかけられ、ドキッとする日和。
日和(…“学級委員”。三郷村の中学校はそもそも生徒が少なくて委員会決めなんてなかったから、いまいち学級委員がどんなことするかはわからないけど――)
ドキドキしながら、クラスメイトたちに壇上から目を移す日和。
クラスメイトたちは、みんな日和に視線を向けている。
日和(わたしに手を挙げてくれたってことは、わたし…頼られてるってことだよね?それなら、みんなの期待に応えなくちゃ…!)
ぐっと手を握りしめる日和。
日和「は、はい!わたし…学級委員やります!よろしくお願いします!」
日和はクラスメイトたちに向かって深くお辞儀をする。
教室内に沸き上がる拍手。
それがうれしくて、頭を下げたまま日和は微笑む。
担任「だが、昭原。委員会の日程とかもタブレットで連絡が入るが、もう使い方は大丈夫か?」
日和「…えっ!?タブレットで!?」
担任「ああ。まあ、学級委員はお前だけじゃないし、今から決める男子の学級委員と協力してやれば――」
凪「なら、俺やります」
そのとき、凪の声が教室内に響く。
目を向ける日和。
そこには、手を挙げて前を見つめる凪の姿が。
担任「男子の学級委員も今からくじ引きで決める予定だったが…、進藤が立候補でいいのか?」
凪「はい」
それを聞いて、周りの女の子たちはざわつき出す。
クラスメイト女子「えっ、凪くんが学級委員…!?」
クラスメイト女子「それなら、アタシがいっしょにやりたかった〜…!」
手を挙げる凪を驚いた顔をして見つめる井尻さん。
井尻さん「せっ…先生!」
井尻さんは手を挙げる。
担任「どうした、井尻」
井尻さん「…やっぱり、あたしが学級委員やってもいいですか?」
担任「今さらなにを言ってる。もう昭原で決まっただろ」
井尻さん「ですが、もともとくじ引きで当たったのは、あたしですし――」
それを聞いて、ため息をつく担任。
担任「井尻。お前が1票でも票が入れば引き受けると言ったが、結果1票もお前には入らなかった。やりたいなら、また2学期に立候補するんだな」
井尻さん「でもっ…!」
担任「“約束は約束”、だからな?」
担任のどこか圧のある不気味な笑顔に、井尻さんはビクッとして口ごもる。
井尻さんは次にすぐさま凪のところへ向かう。
井尻さん「ね〜、凪からもなんか言ってよ〜!凪だっていっしょに学級委員するなら、昭和さんよりもあたしのほうが――」
と言いかけた井尻さんに冷たく鋭い視線を送る凪。
凪「俺、全部わかってるから。女子全員が昭原に手を挙げたのも、女子のグループLINEでそうするようにお前が言ったからだろ?」
井尻さんにしか聞こえない声で、そっと井尻さんに耳打ちする凪。
本当のことに、井尻さんはごくりとつばを飲む。
凪「昭原がスマホ持ってないからって、やり方がせこいんだよ。少なくとも、俺はそんなやつといっしょに委員会はやりたくねぇ」
凪に言われ、言葉に詰まる井尻さん。
担任「どうしたー?なにかあるならオレに言えー」
凪「なんでもないです。女子学級委員もそのままで」
担任「そうかっ。だったらそういうわけで、1学期の学級委員は進藤と昭原にやってもらうことになった。拍手」
拍手の中、そっけなくどこか違うところを向いている凪。
はにかむ日和。
悔しそうに唇を噛む井尻さん。
担任「じゃあ次は、来月の体育祭について――」
席につく日和。
隣の凪は机に突っ伏して寝ている。
日和は机の中からいつものメモ用紙を出す。
1枚切り離し、そこに【さっきはありがとう】と書き込む。
折ったメモ用紙をそっと凪の机に置く日和。
わずかな物音に気づき、顔を上げる凪。
肘のあたりにあったメモ用紙に気づく。
メモ用紙を開け、中の日和のメッセージを読んだ凪はそこになにかを書き込む。
そして、それを日和の机に返す。
キョトンとしながら、日和はメモ用紙を開ける。
【女子みたいに揉めて時間がかかると思ったから、早く終わらせたくてああ言っただけ】
それを見て、凪からの返信がうれしくて日和は頬がゆるませる。
【進藤くんって実はやさしいよね】
メモ用紙に書き加えて凪の机に置く。
それを見た凪もまた書き加えて、日和にメモ用紙を返す。
【かいかぶりすぎ】
日和(進藤くんが初めて返事をくれた。スマホでしかやり取りができないと思っていたのに)
メモ用紙を握って、大事そうにそっと胸にあてる日和。
◯日和の学校、教室(前述の続き、ホームルーム後)
座席に座り、下校の準備をする日和。
そのとき、教室内を走り回っていたクラスメイトの男の子が日和の机にぶつかる。
クラスメイト男子「…あっ、わりぃ!」
日和「ううん、大丈夫」
ぶつかられた拍子に、日和の机にあった凪とのやり取りのメモ用紙が床に落ちる。
クラスメイト男子「昭和、なんか落ちたぞ」
日和「…えっ?」
クラスメイト男子「ん?なんだ?…手紙?」
不思議そうに中を見るクラスメイトの男の子。
日和「あっ…、それは――」
取り上げようと慌てて手を伸ばす日和。
しかし男の子は、ヒョイッとメモ用紙を高く上げる。
クラスメイト男子「なになに〜?『さっきはありがとう』…だって!」
大声で朗読するものだから、周りのクラスメイトたちもなんだなんだと振り返る。
クラスメイト男子「もしかして、“文通”ってやつ?さっすが昭和!」
その男の子とクラスメイトたちに笑われ、顔を赤くしてうつむく日和。
日和「…か、返してっ!」
クラスメイト男子「もうちょっとだけ見せてよ!続きが気になるんだから」
日和はメモ用紙を取り返そうとするが、男の子のほうが背が高く取り返せない。
クラスメイト男子「えっと〜、続きは――」
凪「なに勝手に読んでんだよ」
そのとき、日和の背中から声がする。
振り返ると、凪が立っていた。
凪がメモ用紙を握っているクラスメイトの男の子の手首を握っている。
朝食で、家族がリビングに集まる。
ダイニングテーブルを囲むようにして、日和の家族が座って朝食を取る。
日和の母「こらっ、輝生!ご飯のときはスマホは触らないって何度言ったらわかるの!」
トーストをかじりながらスマホをいじる輝生に注意する日和の母。
輝生「…これだけ!これ返信したら触らないからっ」
輝生は手慣れた様子で素早くメッセージを打つと、送信したのかスマホをテーブルに置く。
日和(輝生はスマホを買ってもらってからいつもこんな感じ)
やれやれといった表情で輝生を横目に見る日和。
日和の父「そういえば2人とも、新しい学校になって2週間がたったがもう慣れたか?」
輝生「バッチリ!クラスでも仲いいやつたくさんいるし、部活もすっげー楽しいし!」
日和の父「それはよかったな。だからといって、友達と連絡を取り合うのはいいが、それでスマホばっかりになるようなら没収するからな」
にこやかな表情から少し険しい顔になって輝生を見つめる日和の父。
輝生「わ、わかってるよ…!」
輝生は慌ててトーストを頬張る。
日和の父「日和も友達はできたのか?」
日和「ああ…、うん。まあねっ」
日和(あいさつ程度はするけれど、実は…わたしは未だに友達と呼べるような人はいない)
笑ってごまかす日和。
◯日和の学校までの道、住宅街(前述の続き)
カバンを肩にかけ歩いている日和。
日和(まだ友達はいないけど、“友達みたいな存在”ならいる)
◯日和の学校、空き教室(前述の続き)
学校に登校後、真っ先に黒板にメッセージを残していた空き教室へと向かう日和。
日和は、空き教室のドアを開けて中に入る。
そのまま、一直線に黒板へと向かう。
黒板に書かれていたメッセージの見て、微笑む日和。
日和(なんとなく過ぎていく学校生活だけど、今のわたしの楽しみはこの黒板でのメッセージのやり取りだったり)
ここ最近のメッセージのやり取りを思い返す日和。
以前、【学校つまんねぇ】というメッセージに対して、【でも楽しいこともきっとあるよ】と日和は返した。
そのあと、【楽しいことなんてねぇと思ったけど、あった】と返事があった。
それからもメッセージは続き――。
【どんなこと?】
【おもしろいやつ見つけた】
【よかったね】と一昨日日和が書いたメッセージに対して、今日の黒板には【あんたのおかげだよ】と書いてあった。
日和(顔も知らないだれかさん。でも、この学校にいるだれかなのはたしか。この何気ないやり取りが楽しい)
日和は微笑みながら、【それはどういたしまして】と返事を書いた。
◯日和の学校、教室(前述の続き)
6限、ホームルーム。
教壇に立つ担任。
担任「今日のホームルームはいろいろやることがあるが、まずは先週時間がなくて学級委員だけ決まってなかったから、それからするぞ〜」
クラスメイトたち「「え〜…!」」
担任「『え〜…!』じゃない。さっそく今日の放課後に学級委員会があるからな。絶対に今決める必要があるんだよ」
クラスメイトたちはブツブツと小言を言う。
担任「立候補がないなら、くじ引きにするぞ〜」
担任は適当に紙を切っていく。
担任「まずは女子から〜。くじ引きにきて」
クラスメイトの女の子たちは重い腰を上げて、やる気なさそうにくじを引いていく。
クラスメイト女子「絶対学級委員とかなりたくないんだけど〜…」
クラスメイト女子「ね〜。一番仕事が多いって聞くし」
小言を言いながら、くじの列に並ぶクラスメイトたち。
担任「はい、次!引いたくじ広げて」
教壇の上に散らばった折られた紙を1人ずつ取っていき、その場で紙を開く。
学級委員の当たり(ハズレ?)くじにだけ印がついている。
クラスメイト女子「よかったー!セーフ!」
クラスメイト女子「いいな〜」
当たりくじが出ないまま、日和の番も近くなる。
そのとき――。
クラスメイト女子「…え゙っ!!」
くじを引いたクラスメイトから変な声がもれる。
その持っていたくじをのぞく担任。
担任「お〜、おめでとう。女子学級委員の決定だな」
日和の3番前の女の子が印のついたくじを引いた。
クラスでも人気のあるリーダー的な女の子、井尻さん。
井尻さん「ちょっと待ってよ、先生…!あたし、放課後はいろいろと忙しくて委員会なんて出られませんっ」
担任「放課後は忙しいって、井尻はべつに部活入ってないだろ?」
井尻さん「…そうですけどっ。それなら、他に帰宅部の人だってたくさんいます!」
担任「仕方ないだろ。くじ引きで決まったんだから」
担任に言われ、ぐうの音も出ない井尻さん。
不服そうに頬を膨らませて担任を睨みつける。
井尻さん「でも、先生!学級委員って、委員会の中でも一番重要じゃないですか。そんな大事な学級委員をこんなくじ引きで決めるのはよくないと思うんです!」
担任「じゃあ、井尻にはなにかいい案があるっていうのか?」
担任のその言葉に対し、井尻さんは自信満々な笑みを見せる。
井尻さん「はい!推薦がいいと思います!」
担任「推薦?」
井尻さん「学級委員は、やっぱり真面目な人でないと務まらないので、あたしは――」
井尻さんは、チラリと日和に目を向ける。
嫌な予感がして、ドキッとする日和。
井尻さん「昭原さんを女子学級委員に推薦します!」
クラスメイトたちの視線が一斉に日和に向けられる。
日和「…わ、わたし…!?」
驚く日和。
担任「だそうだ。どうする、昭原?」
日和「そう言われましても…」
困っている日和を押しのけて、担任に向かって手を挙げる井尻さん。
井尻さん「だったら、先生!あたしと昭原さんで、クラスの女子に多数決を取ってください!」
日和(多数決…!?ていうか、どうしてこんな流れにっ…)
あわあわしながら井尻さんと担任の話を交互に聞く日和。
担任「多数決って言ったって、女子の人数は偶数だから半々になることもあり得るぞ?」
井尻さん「そのときは、あたしが学級委員をします!…というか、1票でもあたしに票が入ればあたしが引き受けます!」
担任「1票でも?それなら、ほぼ確実で井尻が学級委員だぞ?」
井尻さん「いいです、それで」
それを聞いて、ほっと胸をなで下ろす日和。
日和(多数決になると聞いてびっくりしたけど、…なんだよかった。クラスの女の子全員がわたしに票を入れない限り、わたしが学級委員になることはない)
自分は学級委員をやることはないと見越して、安心する日和。
担任「ということだが、昭原はそれでいいのか?」
日和「はい。大丈夫です」
それを聞いて、ニヤリと陰で笑う井尻さん。
そのあと、クラスメイトたちは一旦着席し、女の子のみで女子学級委員の多数決を取ることに。
壇上に並んで立つ井尻さんと日和。
担任「それじゃあ、多数決を取るぞ。どっちが女子学級委員にふさわしいか手を挙げろ〜」
大丈夫とは思いつつも、みんなの前に立って緊張でごくりとつばを飲む日和。
担任「まずは、井尻。井尻が学級委員になったほうがいいと思うやつは手を挙げろ」
日和(大丈夫。女の子のだれか1人でも手を挙げたら――)
しかし、日和は驚いて目を見開ける。
しーんと静まり返る教室内。
なんと、手を挙げる人はだれひとりいなかった。
日和(…え……)
担任「じゃあ、次に昭原がいいと思うやつ手を挙げろ」
先生のその言葉に、クラスの女の子全員が一斉に手を挙げる。
担任「お〜…、これはなんとも」
はっきりと結果の分かれた多数決に担任も驚いている。
勝ち誇ったように笑みを見せる井尻さん。
井尻さん「先生!昭原さんに全部の票が入りましたよ!こんなに圧倒的な差が出たら、あたしが学級委員をやるのはクラスに申し訳がないです〜」
担任「…う〜ん、まさかとは思ったが」
井尻さん「先生、あたし言いましたよね!?約束は約束ですよ?」
担任「そうだな…」
井尻さん「やった!…じゃなくて。あーあ、学級委員任せてもらえなくて残念っ」
井尻さんはあからさまに残念そうな表情を見せる。
担任「昭原、こういう結果になったんだが…。学級委員、やれるか?」
担任に問いかけられ、ドキッとする日和。
日和(…“学級委員”。三郷村の中学校はそもそも生徒が少なくて委員会決めなんてなかったから、いまいち学級委員がどんなことするかはわからないけど――)
ドキドキしながら、クラスメイトたちに壇上から目を移す日和。
クラスメイトたちは、みんな日和に視線を向けている。
日和(わたしに手を挙げてくれたってことは、わたし…頼られてるってことだよね?それなら、みんなの期待に応えなくちゃ…!)
ぐっと手を握りしめる日和。
日和「は、はい!わたし…学級委員やります!よろしくお願いします!」
日和はクラスメイトたちに向かって深くお辞儀をする。
教室内に沸き上がる拍手。
それがうれしくて、頭を下げたまま日和は微笑む。
担任「だが、昭原。委員会の日程とかもタブレットで連絡が入るが、もう使い方は大丈夫か?」
日和「…えっ!?タブレットで!?」
担任「ああ。まあ、学級委員はお前だけじゃないし、今から決める男子の学級委員と協力してやれば――」
凪「なら、俺やります」
そのとき、凪の声が教室内に響く。
目を向ける日和。
そこには、手を挙げて前を見つめる凪の姿が。
担任「男子の学級委員も今からくじ引きで決める予定だったが…、進藤が立候補でいいのか?」
凪「はい」
それを聞いて、周りの女の子たちはざわつき出す。
クラスメイト女子「えっ、凪くんが学級委員…!?」
クラスメイト女子「それなら、アタシがいっしょにやりたかった〜…!」
手を挙げる凪を驚いた顔をして見つめる井尻さん。
井尻さん「せっ…先生!」
井尻さんは手を挙げる。
担任「どうした、井尻」
井尻さん「…やっぱり、あたしが学級委員やってもいいですか?」
担任「今さらなにを言ってる。もう昭原で決まっただろ」
井尻さん「ですが、もともとくじ引きで当たったのは、あたしですし――」
それを聞いて、ため息をつく担任。
担任「井尻。お前が1票でも票が入れば引き受けると言ったが、結果1票もお前には入らなかった。やりたいなら、また2学期に立候補するんだな」
井尻さん「でもっ…!」
担任「“約束は約束”、だからな?」
担任のどこか圧のある不気味な笑顔に、井尻さんはビクッとして口ごもる。
井尻さんは次にすぐさま凪のところへ向かう。
井尻さん「ね〜、凪からもなんか言ってよ〜!凪だっていっしょに学級委員するなら、昭和さんよりもあたしのほうが――」
と言いかけた井尻さんに冷たく鋭い視線を送る凪。
凪「俺、全部わかってるから。女子全員が昭原に手を挙げたのも、女子のグループLINEでそうするようにお前が言ったからだろ?」
井尻さんにしか聞こえない声で、そっと井尻さんに耳打ちする凪。
本当のことに、井尻さんはごくりとつばを飲む。
凪「昭原がスマホ持ってないからって、やり方がせこいんだよ。少なくとも、俺はそんなやつといっしょに委員会はやりたくねぇ」
凪に言われ、言葉に詰まる井尻さん。
担任「どうしたー?なにかあるならオレに言えー」
凪「なんでもないです。女子学級委員もそのままで」
担任「そうかっ。だったらそういうわけで、1学期の学級委員は進藤と昭原にやってもらうことになった。拍手」
拍手の中、そっけなくどこか違うところを向いている凪。
はにかむ日和。
悔しそうに唇を噛む井尻さん。
担任「じゃあ次は、来月の体育祭について――」
席につく日和。
隣の凪は机に突っ伏して寝ている。
日和は机の中からいつものメモ用紙を出す。
1枚切り離し、そこに【さっきはありがとう】と書き込む。
折ったメモ用紙をそっと凪の机に置く日和。
わずかな物音に気づき、顔を上げる凪。
肘のあたりにあったメモ用紙に気づく。
メモ用紙を開け、中の日和のメッセージを読んだ凪はそこになにかを書き込む。
そして、それを日和の机に返す。
キョトンとしながら、日和はメモ用紙を開ける。
【女子みたいに揉めて時間がかかると思ったから、早く終わらせたくてああ言っただけ】
それを見て、凪からの返信がうれしくて日和は頬がゆるませる。
【進藤くんって実はやさしいよね】
メモ用紙に書き加えて凪の机に置く。
それを見た凪もまた書き加えて、日和にメモ用紙を返す。
【かいかぶりすぎ】
日和(進藤くんが初めて返事をくれた。スマホでしかやり取りができないと思っていたのに)
メモ用紙を握って、大事そうにそっと胸にあてる日和。
◯日和の学校、教室(前述の続き、ホームルーム後)
座席に座り、下校の準備をする日和。
そのとき、教室内を走り回っていたクラスメイトの男の子が日和の机にぶつかる。
クラスメイト男子「…あっ、わりぃ!」
日和「ううん、大丈夫」
ぶつかられた拍子に、日和の机にあった凪とのやり取りのメモ用紙が床に落ちる。
クラスメイト男子「昭和、なんか落ちたぞ」
日和「…えっ?」
クラスメイト男子「ん?なんだ?…手紙?」
不思議そうに中を見るクラスメイトの男の子。
日和「あっ…、それは――」
取り上げようと慌てて手を伸ばす日和。
しかし男の子は、ヒョイッとメモ用紙を高く上げる。
クラスメイト男子「なになに〜?『さっきはありがとう』…だって!」
大声で朗読するものだから、周りのクラスメイトたちもなんだなんだと振り返る。
クラスメイト男子「もしかして、“文通”ってやつ?さっすが昭和!」
その男の子とクラスメイトたちに笑われ、顔を赤くしてうつむく日和。
日和「…か、返してっ!」
クラスメイト男子「もうちょっとだけ見せてよ!続きが気になるんだから」
日和はメモ用紙を取り返そうとするが、男の子のほうが背が高く取り返せない。
クラスメイト男子「えっと〜、続きは――」
凪「なに勝手に読んでんだよ」
そのとき、日和の背中から声がする。
振り返ると、凪が立っていた。
凪がメモ用紙を握っているクラスメイトの男の子の手首を握っている。