《マンガシナリオ》ア ナ ロ グ レ ン ア イ
第5話 相合傘
◯日和の家、日和の部屋のベランダ(第4話の続き)


凪「こんなふうに」


そうつぶやいて、凪がベランダから飛び移ってきて日和がいるベランダに降り立った。


日和「…し、進藤くん!?」


突然そばにやってきた凪に驚いて顔を赤くする日和。


凪「昭原、…昨日は無神経なこと言ってごめん。俺と昭原をいっしょにしちゃいけないのに、こうしたらよかったとか適当なこと言ったこと…反省してる」

日和「…進藤くん」


真剣な表情で謝る凪に思わず見入ってしまう日和。

日和は、つばをごくりと飲む。


日和「わ…わたしのほうこそ、ごめんなさい!なんかムキになっちゃって、ひどいこと言って…」

凪「昭原はなんも悪くねぇよ…!俺があんなこと言ったから――」

日和「違う、違う…!わたしが最後まで進藤くんの話を聞かなかったから――」

日和・凪「「ごめんっ!!」」


と同時に頭を下げて謝ったためお互いの頭がぶつかり、ゴンッと鈍い音が響く。


凪「…いって」

日和「いたた…」


同じようにぶつけた額を手で抑える凪と日和。

チラリとお互いに目を向け、2人同時に照れ笑い。

凪は、落ちていた紙飛行機をかき集めて胸に抱える。


凪「じゃあ、俺戻るから」

日和「えっ…、もう?」

凪「だって不法侵入だし。昭原に謝れたらから、とりあえずミッションは完了ってことで」


凪は日和の部屋のベランダに手をつき、自分の部屋のベランダに飛び移ろうとする。

そのとき動きを止めて、日和のほうを振り返る。


凪「いいな、こういうのも」

日和「こういうのって?」

凪「スマホがなくたって繋がれる。なんだったら、直接顔を見に会いにいける。だれかに会いたくてずっと待つなんてしたことなかったから、初めての感覚」


ニッと笑ってみせる凪。

凪は、器用に軽々とジャンプして自分の部屋のベランダに飛び移る。


凪「じゃあ、おやすみ。昭原」


手を振り、背を向けようとする凪。


日和「進藤くん…!」


凪を呼び止める日和。


凪「ん?」


キョトンとして振り返る凪。

日和は胸に当てた手をギュッと握りしめる。


日和「…あ、会いにきてくれて、ありがとう」


日和のその言葉に、凪は柔らかく微笑む。


凪「うん。昭原と話したいなって思ったら、またこうして会いにくる」


それを聞いた日和は、ドキッとして顔を赤くする。


凪「おやすみ、昭原。また明日」

日和「う…うん!また明日」



◯日和の家、日和の部屋(前述の続き)


布団の中にくるまる日和。


凪『昭原と話したいなって思ったら、またこうして会いにくる』


さっきの凪の言葉を思い出し、頬を赤くする日和。


日和(…どうしてだろう。さっき別れたばかりなのに、もう進藤くんに会いたくてたまらない)


日和は、布団の中でぬいぐるみを愛おしそうにぎゅっと抱きしめる。



◯日和の学校、教室(次の日、朝)


教室の自分の座席で、1限の準備をする日和。

隣から物音がして、日和はチラリと目を向ける。


凪「よっ。おはよ、昭原」

日和「…進藤くん!…お、おはよ」


頬を赤くしながら、うつむく日和。


凪「あれ?昭原どうした?」

日和「なっ…なにが?」

凪「顔、赤くね?」


ぐいっと顔を近づけてくる凪。


日和「そん…そんなことないよ!べつに熱があるとかではっ…」


凪は、自分の額と日和の額とに手を置く。

日和の頬はさらに真っ赤に。


凪「うん、たしかに。熱はなさそうだな」

日和「だから言ったでしょ…!」


日和は恥ずかしがっているのを悟られないように、席を立って廊下へ飛び出す。


日和(…び、びっくした〜…。心臓の音が進藤くんに聞こえちゃうんじゃないかと思った)


日和は廊下の壁にもたれ、心臓に手を当てる。

そして、ドアの陰から教室にいる凪を見つめる。


日和(…それにしても、なぜだか進藤くんと目を合わせられない)


両手で頬を隠し、うつむく日和。


日和(用事もないのに、思わず教室から出てきちゃったけど…どうしようか)


腕を組んで考え込む日和。


日和「あっ、そうだ」


なにかを思いついた日和は、廊下を歩いていく。



◯日和の学校、空き教室(前述の続き)


日和(昨日書いたところだけど、なにか返事書いてあるかな〜)


日和は空き教室のドアをそっと開ける。

その足で黒板へ。


日和(…あっ!)


黒板に、新しい返事を見つける日和。


【どうしよう、素直になれなかった】という昨日日和が残したメッセージの下に、新しいメッセージが書かれてあった。


【俺も。似てるな俺たち】


その文字を見て、目を見開ける日和。


日和(“俺も”ってことは、このメッセージのやり取りの相手は男の子だったんだ。なんとなくそうかなとは思ってはいたけど)


そんなことを考えながら、日和はチョークを手に取る。

そして、黒板に書き込む。


【そうみたいだね。でも仲直りできたよ】


書き込みながら凪の顔が浮かび、思わず口元がゆるむ日和。



◯日和の学校、教室(数日後)


授業中、手紙のやり取りをする日和と凪。


日和(それ以来、わたしと進藤くんは手紙でやり取りをしたり、家に帰ったらベランダでおしゃべりすることが増えた)


凪とのメッセージのやり取りの手紙を見つめ返す日和。


日和(進藤くんとの手紙のやり取りも、ベランダでのおしゃべりも、わたしたちだけの秘密の時間を共有しているようで、そんな些細なやり取りがわたしはとても楽しかった)



◯日和の学校、空き教室(数日後)


日和(同時に、“空き教室の彼”との会話も弾む)


空き教室に入って、黒板を見にいく日和。

【そうみたいだね。でも仲直りできたよ】と日和が書いた文字に対して――。

【よかったじゃん。彼氏いたんだ?】と返事が書いてあった。

それを見て、ぽっと頬を赤くする日和。


日和「かっ…“彼氏”って…!べつにそんなんじゃっ…」


日和は頬を赤くしたままチョークで書き込む。


【彼氏じゃないよ。ただの友達】


書き込んだあと、凪とのこれまでのやり取りが日和の頭の中を巡る。


日和(…そう!進藤くんは“友達”だから…!)


顔を赤くしながら、自分に言い聞かせる日和。



◯日和の学校、グラウンド(朝)


パンパンと空にピストルの音が響く。

頭にはハチマキ、体操服姿の生徒たちが並ぶ。


日和(今日は体育祭!みんな、気合が入ってる)


おそろいの髪型をしたクラスメイトたちがスマホで写真を撮り合ったりしている。


クラスメイトたち「ねぇねぇ!昭和さんもいっしょに写真撮ろうよ!」


クラスメイトたちが日和のところへやってくる。


日和「えっ!?…あっ、うん!」


はにかみながら、クラスメイトたちと写真を撮る日和。


日和「あのっ…、わたしもカメラ持ってきたんだ。よかったら、いっしょに…」


と言って、日和はズボンのポケットからインスタントカメラを取り出す。


クラスメイトたち「なにこれ?…カメラ!?」

クラスメイトたち「あ、これ知ってる〜。インスタントカメラだよね。テレビで見たことある」

クラスメイトたち「昔はこれで写真撮ってたらしいよ〜」

クラスメイトたち「へ〜!そうなんだ」


その会話を、悟られないように苦笑いを浮かべながら聞く日和。


日和(『テレビで見たことある』…!?『昔はこれで』…!?……わたし、今でも普通にインスタントカメラ(これ)使ってるんだけどな…)


陰で冷や汗を流す日和。


クラスメイトたち「で、どうやって撮るの?これ」

日和「あっ、それはこうやって…」


カメラをクラスメイトたちに向け、シャッターを押す日和。


クラスメイトたち「え、今ので撮れたの?」

日和「うん」

クラスメイトたち「へ〜!それで、どうやって見るの?」

日和「“見る”…とは?」

クラスメイトたち「さっき撮ったやつをだよ〜。もしかしたらあたし、目つむっちゃったかもだし」

日和「…えっと。すぐに見ることはできないんだよね。写真に現像してみないと…」

クラスメイトたち「え、現像?」

クラスメイトたち「じゃあ、それまでどんなふうに写ってるかわからないってこと?」

日和「…う、うん」

クラスメイトたち「え〜…!それなら、目つむってたら消しておいて〜!」

日和「あ…だから、消すとかそういうのもできなくて…」

クラスメイトたち「なにそれ、めちゃくちゃ不便じゃん!さすが、アナログっていうか」


インスタントカメラの仕様がわからないクラスメイトたちは、ケチをつけたり文句を言ったりして騒いでいる。

どうしたらいいのかと戸惑う日和。

そのとき、日和とクラスメイトたちが一瞬明るい光に包まれる。


クラスメイトたち「…わっ!びっくりした〜!」


驚くクラスメイトたち。

日和は一瞬まぶしく目を細める。

日和が目を開けると、そこにはインスタントカメラを掲げて白い歯を見せて笑う凪の姿が。


クラスメイトたち「あっ、凪〜!」

クラスメイトたち「なになに?凪のそれも、インスタントカメラ?」


興味津々に凪に歩み寄るクラスメイトたち。


凪「ああ」


やってきたクラスメイトたちにカメラを手渡す凪。


クラスメイトたち「なんで凪がインスタントカメラなんか持ってるの?スマホがあるじゃん」

凪「お前ら知らねぇの?インスタントカメラって、スマホとはまた違ったエモい写真が撮れるんだけど」

クラスメイトたち「え、そうなのっ?」

凪「でも、さっき聞いたよ〜。現像してみないと、どんなふうに写ってるかわからないんでしょ?」

凪「だからいいんじゃんっ。お楽しみ感があって」


クラスメイトたちにニッと笑ってみせる凪。

それを聞いて、さっきまでインスタントカメラに否定的だったクラスメイトたちは凪のカメラを借りて楽しそう撮り合いをしている。

その様子をぽかんとして眺めていた日和。

その日和の姿に気づく凪。


凪「昭原!」


凪に名前を呼ばれ、はっとする日和。


凪「同じだな!カメラ」


カメラのジェスチャーをする凪。

それを見て、はっとして自分のカメラに目を向ける日和。


日和「う、うん…!」


少し頬を赤くして、はにかみながら返事をする日和。


クラスメイトたち「ねぇ、昭和さん。お願いがあるんだけど、そのカメラ…あたしにも撮らせてもらってもいいかな?」

日和「あっ…、うん!どうぞ」


快くクラスメイトにインスタントカメラを手渡す日和。


クラスメイトたち「やった、ありがとう!すぐに返すね!」


クラスメイトはうれしそうに日和からインスタントカメラを借りる。

その表情に、日和も微笑む。


日和(インスタントカメラなんてわたしだけかと思っていたけど、進藤くんも持ってきていたおかげで、クラスではすごく話題になった)


日和も混ざってインスタントカメラで撮ってもらう。


日和「現像したら、みんなに写真配るね」

クラスメイトたち「いいのー!?ありがとう!」

クラスメイトたちに「どんなふうに撮れてるか楽しみにだね〜!」


少しクラスメイトたちと仲よくなれた気がして、笑顔がこぼれる日和。

その後、競技開始。

白熱する体育祭。



◯日和の学校、グラウンド(昼、前述の続き)


日和たちの学年、1年生のミックスリレーが始まる。


日和(1年生対抗のミックスリレー。1人1種目の競技に参加で、バトンを繋いでいく)


待機している日和は、トラックの中からその行方を見守る。


日和(ちなみにわたしはリレー終盤にある二人三脚の担当。ペアの女の子とは練習もしたおかげで息はピッタリ)


意気込む日和。

しかし、目が点になりながら自分の隣を見つめる日和。


日和(でも、…あれ?さっきからペアの女の子がいない)


ペアの女の子を探して、日和は不安そうな顔をしてキョロキョロと辺りを見回す。

そこへ、担任がやってくる。


担任「昭原っ」

日和「…あっ、先生!あのっ、ペアの――」

担任「そのことなんだが、どうやら前の競技で足を挫いたみたいでな」

日和「え…!大丈夫なんですか!?」

担任「ああ、たいしたことはない。だが、ミックスリレーは出れそうになくってな…」

日和「…そうですか。じゃあ…」


日和は、バトンの行方に目を向ける。

日和の二人三脚の番はすぐそこまできていた。


担任「そこで、代走を用意したから」

日和「代走?」


首をかしげる日和。

担任の後ろから現れた代走選手を見て、口を開けて驚く日和。

それは、凪だった。


担任「とりあえず、進藤にやってもらうから」

日和「し…進藤くん!?」


凪の登場に、頬がぽっと赤くなる日和。

しかし、すぐに不安そうな顔を浮かべる。


日和「ですが、進藤くんって…」

担任「ああ。二人三脚の次の次の最終アンカーの徒競走に出る」

日和「それは無茶じゃないですか…?休む間もなく…」

担任「そうだな。本来なら体育委員に代わってもらうところだが、どちらの体育委員も二人三脚の前後の競技に出るからな。だから、学級委員同士ってことでよろしく」

日和「よろしくって…、それじゃああまりにも進藤くんへの負担が――」

担任「オレもそう言ったが、進藤が問題ないって言うからな。いいんじゃないのか?」

日和「進藤くんが…!?」


驚く日和に対して、凪はこくんとうなずく。


担任「そういうことだから!がんばってくれ〜」


気楽そうに笑って去っていく担任を不安な表情で見続ける日和。


凪「そういうことだから」


そう言って、凪が日和の隣にしゃがみ込む。

突然凪がそばにきて、ドキッとする日和。


日和「だけど…わたしたち、練習なんてできてないけど大丈夫かな…」

凪「大丈夫なんじゃない?俺が昭原さんに合わせるから心配しないで」


ニッと笑う凪。

そのどこか自信ありげな凪の表情に、眉を下げながらも微笑む日和。

いよいよ二人三脚の前の競技にバトンが渡り、ドキドキしながら凪とトラックに立つ日和。


凪「昭原さん、準備はいい?」

日和「う、うん…!」


そばでささやかれる凪の声にドキッとしなから、凪と肩を組む日和。

日和たちのクラスの赤組は3組中最下位のまま、日和の二人三脚にバトンが渡される。

走り出す日和と凪。


日和(…すごいっ。一度も練習したことのない急遽組むこととなった臨時のペアなのに、進藤くんとはすごく自然に走れる)


日和はチラリと凪に目を移す。

真剣な表情の凪の横顔にドキッとする。

日和の前を走っていた2位の黄組が転け、それを追い越す日和と凪のペア。

2位のまま、無事に次の競技へバトンを渡す。


凪「ナイスファイト、昭原さん」


足を繋いでいたゴムバンドをすばやく外す凪。


凪「じゃあ、ちょっと1位になってくる」


日和に微笑んで見せると、凪は自分の出る徒競走の待機場所へと向かっていった。

さっきの凪の言葉にドキドキしながら、その姿を見届ける日和。

凪が休む間もなく、2位でミックスリレー最後の競技の徒競走の凪へバトンが渡される。

二人三脚の疲れを見せない凪の余裕の表情にキュンとする日和。

凪と1位の青組の差が徐々に縮まっていく。

沸き立つ歓声。

それに触発されたように日和も声を上げる。


日和「がんばれー!進藤くーん!」


日和の声が後押しになったかのように、凪のスピードが上がる。

ラストスパート、だれもが息を飲む。

ゴールテープ直前、凪が青組の走者を追い越しゴールテープを切った。


クラスメイトたち「「キャーーー!!」」

クラスメイトたち「うお〜!凪、すげーっ!!」


大興奮のクラスメイトたち。

全速力で駆け抜け、ゴールテープを切った先で地面に仰向けになって倒れている凪のところへ駆け寄るクラスメイトたち。 

日和も慌てて駆け寄る。

さすがの凪も少し苦しそうな表情を浮かべ、大きく息をしながら寝そべっている。


クラスメイトたち「凪、すごいよ〜!感動した〜!!」

クラスメイトたち「うんうん!めちゃくちゃかっこよかった〜!」


クラスメイトたちにそう言われ、ハアハアと乱れた息をしながらもニッと笑ってみせる凪。


アナウンス〈先ほどの1年生ミックスリレーは、1位赤組、2位――〉

クラスメイトたち「「イェーイッ!!」」


アナウンスを聞いて、みんなではしゃいで喜び合うクラスメイトたち。

そんな中、日和は倒れたままの凪のもとへ向かう。


凪「ハア…ハア…」

日和「ほら。やっぱり無茶した」


日和に気づき、顔を向ける凪。


凪「…へへっ。無茶くらいさせてよ」

日和「え…?」

凪「だって昭原さんに宣言したから。『1位になってくる』って」


清々しい表情の凪とその言葉にキュンとする日和。


凪『じゃあ、ちょっと1位になってくる』


さっきの凪の言葉を思い出す。


凪「ああ言ったんだから、1位になれなかったらだっせーじゃん」

日和「でも、青組とかなりの差があったのに」

凪「だからこそ、それで1位になったらかっこいいだろ?」


未だに呼吸が乱れながらも、日和にウインクしてみせる凪。

日和は頬を少し赤くしながら、倒れる凪に手を伸ばす。


日和「うん、かっこよかった」


その言葉に、一瞬驚いたようにぽかんとした顔を見せる凪。

徐々に微笑み、日和の手を握り体を起こす。


日和(こうして、ラストの怒涛の進藤くんの追い上げにより勢いづいた赤組は、今大会の優勝を手にした)



◯日和の学校、校門前(体育祭後)


体操服から制服に着替えた日和のクラスメイトたちが校門前に集まっている。


クラスメイトたち「じゃあ、6時から打ち上げだから〜!」

クラスメイトたち「お店は、クラスのグループLINEで送ってるから確認してねー!」

クラスメイトたち「おう!お疲れー!」


下校するクラスメイトたち。


クラスメイトたち「昭和さん、昭和さん!」


名前を呼ばれ、振り返る日和。


クラスメイトたち「昭和さん、スマホ持ってないからお店の場所わからないと思うんだけど、△△バス停の向かいにある焼肉屋!わかる?」

日和「うん、わかるよ」

クラスメイトたち「そこで6時開始だから、10分前くらいにはきてね」

日和「わかったよ。ありがとう」

クラスメイトたち「じゃあ、またあとでね〜!」


クラスメイトたちに手を振る日和。


日和(クラスで打ち上げ…!三郷村の学校は生徒数も少なかったからこんなことはなかったから、大人数での打ち上げ、すごく楽しみっ)


笑顔の日和。



◯日和の家、玄関先(前述の続き、打ち上げの時間)


私服に着替え、玄関で靴をはく日和。


日和「それじゃあ、いってきます!」

日和の母「いってらっしゃい!あんまり遅くならないようにね」

日和「うん!」

輝生「え〜!ねーちゃんいいな〜!」

日和の母「はいはい、輝生も高校生になったらね」


輝生をなだめながら、リビングへ去っていく日和の母。

その後ろ姿を苦笑いしながら見届ける日和。



◯住宅街、最寄りのバス停(前述の続き)


バス停のところに立って、バスを待つ日和。


日和(お店までは自転車で行ける距離だけど、夜から雨が降るらしい。ちょうどお店のそばがバス停だから、バスに乗って行くことに)


時間通りにきたバスに乗り込む日和。



◯打ち上げ会場の焼肉屋の前(前述の続き)


焼肉屋の前で待つ日和。


日和(遅れたらいけないから早めのバスに乗ったけど、思ったよりも早く着いてしまった)


腕時計に目を向ける日和。

6時10分前に集合に対し、今はまだ5時半を過ぎたところ。


日和(さすがにまだみんなはきてない…かっ)


クラスメイトがいないかとキョロキョロとさがすがだれもいない。

しかし、5時50分になっても、予約しているはずの6時になってもだれも現れない。


日和(…おかしいな?みんな遅れてるのかな?それとも、集合時間が30分変更になったとか?)


そんなことを考えながら、素直に店の前で待つ日和。

そのうち雨も降り出す。

店の屋根の下にいる日和はぬれないが、そこでバスに傘を置き忘れたことに気づく。

そのとき、団体客が姿を現す。


日和(…あっ、きた!)


安心する日和。

しかし、知らない顔ぶればかりでクラスメイトたちではない。

ラグビー部のようなガタイのいい人たちばかりに圧倒される。

店の前は、その団体客たちであふれ返る。

そのとき、団体客の肩が日和にぶつかる。


団体客たち「…あっ、すみません!」


弾き飛ばされた日和は、店の屋根の下から外れて雨にぬれる。


日和「いえ、…大丈夫です」


心配かけまいと笑顔を作る日和。

ガタイのいい団体客たちだらけで屋根の下は占拠されてしまい、日和はぽつりと雨にぬれる。

腕時計を見ると、7時前だった。


日和(…帰ろ)


肩を落とす日和は雨の中バス停へと向かう。



◯焼肉屋の最寄りのバス停(前述の続き)


バス停の時刻表を見る日和。


日和(えっと、次のバスは…)


時刻表と腕時計の時間とを照らし合わす日和。

しかし、バスはついさっき行ってしまったところで、次のバスは20分後。

近くには雨宿りできるところはない。

日和は仕方なく、雨の中バス停のベンチにぽつんと座る。


日和(みんな…、どうしちゃったんだろう)


雨に打たれながらうつむく日和。

楽しみにしていた打ち上げに行けなかったこと、だれもこの場にこなかったこと、1人で雨に打たれる虚しさなどが入り混じり、日和の目の奥が熱くなる。

グスン…と鼻をすする日和。

涙があふれ出し、そのたびに指ではらう。

そのとき、突然日和のところだけ雨が止む。

驚いて顔を上げる日和。

見ると、日和の頭上には開いた傘があった。

そばから「ハア…ハア…」という息づかいも聞こえ、顔を向けると日和に傘をさしながら膝に手をついて肩で息をする凪だった。


日和「進藤くん…!」

凪「ハア…ハア…、やっぱりここにいたっ…」

日和「えっ…、どうして!?」

凪「グループLINEに連絡があったんだ。予約が取れてなくて、急遽店と時間が変更になったって…」


驚いて目を見開ける日和。


日和「…そっか。そうだったんだ。なるほど〜…。こういうときにスマホがないと不便だね」


無理に笑ってみせる日和。


凪「変更になった店に行ったら、…案の定昭原はきてねぇし。だれか昭原に連絡したのかって聞いたら、だれもできてないって言うからっ…」

日和「もしかして、それで進藤くん…1人でここまで…」

凪「当たり前じゃんっ。昭原ならバカ正直に1人で待ってるのは想像できたんだから…!」

日和「進藤くんっ…」

凪「…あっ、…わりぃ。“バカ正直”っていう言い方は間違いで…」


しどろもどろになって、別の言い回しを考える凪。

その姿に、キュンとする日和。


日和「ハハッ…。いいよ、全然気にしてないから」

凪「でも前に…」

日和「そんなことよりも、進藤くんは打ち上げに戻りないよ」

凪「…なんでっ。それなら昭原もいっしょに――」

日和「わたしはもう行けないよ。雨でこんなにぬれちゃったし。それに、進藤くんは今日のMVPなんだし、主役がいないとみんな困るよ」


なんとか笑顔を作る日和。

それに対して、納得していないような表情を見せる凪。


凪「“みんな”って言うなら…、昭原も含まれるだろ。昭原が行かないなら、俺も行かない」


そう言って、日和の隣に座る凪。


日和「えっ…!?」

凪「次のバスくるまでここで待つから。だからいっしょに帰ろ?」


やさしく微笑みながら、凪は日和の顔をのぞき込む。

それを見て、うれしくて涙があふれそうになる日和。


日和「…うんっ」


うれしさを噛みしめながら、あふれた涙を見られないように日和はうつむきながらうなずく。


凪「正直言うと、俺、みんなでワイワイするよりも、こうして2人でまったりするほうが好きなんだよね」


凪のさす1本の傘を共有して、密着する日和と凪。

日和は心臓をドキドキさせながらうつむいている。


日和(どうしよう…。わたし、進藤くんことが……好きだ)
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