幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
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 その日もまた明け方近くまで、藩王宮殿では恒例の宴会だった。

 大臣の一人が藩王の席にやって来て、小声で報告する。

「じきに不届き者の首が届けられましょう」

 藩王は「よろしい」と言って大臣を下がらせる。

「何のお話ですの?」

 若き寵妾マリーアはいたく興味をそそられたらしく、藩王の膝に手を置く。藩王は美しいあごひげを撫でながら、平然と凄まじいことを口にする。

「なに。龍の国から使節が来たことは知っておるだろう? あの狂犬め、不平分子大粛清の手始めに死んでもらおうかと。再生された劣化コピーなど、汚らわしい」

「まあ!」

 寵妾は楽しげに手を叩く。藩王は愛人の歓心を得たことに気を良くしたか、若干の得意顔になる。

「まずは平民のならず者を賞金で釣ってけしかけたのさ。何時間もつか、どこの連中が仕留めるか、賭け事のネタになるだろうし。死傷者の数でも良いが」

 老いた藩王は英邁なる頭脳の冴えを披露する。寵妾は藩王の言葉に顔を輝かせる。こういう呵責のない酷薄さが、彼らを権力の頂点に導いた。

「まあっ、ずいぶんなお方!」

 陰謀話を聞いた寵妾は楽しげに表情をほころばせ、藩王の首っ玉に抱きつく。それからホホホと上品に笑い声を上げる。

 そのとき大広間の入り口がどよめいた。人々の視線が集中する。

「い、いけません! ペール・ヨシャパンテ様っ!」

 あの根暗なヒキコモリのはずの僧正様だった(ペールは聖職者の尊称)。

 槍を持った番兵を素手で突き飛ばし、宴会の会場に押し入ってきたのだ。

 怒髪天を突き、阿修羅の如き殺気をみなぎらせている。

 まるで最後の審判の日、魔界の帝王か殺戮天使降臨の前借のようであった。

 一同が恐怖と驚きに打たれて硬直するさなか、顔色青ざめた藩王が制するように手を挙げて、「止まれ」と合図する。僧正様は止まらない。

「大僧正、こは何事ぞ? 意見の奏上ならば昼間にでも……」

「いいえ陛下。これは革命でございます」

 僧正は動じることもなく、「狼」の貴族たちに宣言した。

 抜き身の刀の一閃で、藩王の首は手鞠のように転がった。まさに歩くギロチン装置の真骨頂である。次いで寵妾の頭上を一閃。千切れた束ね髪が切り飛ばされ、隣の宰相の顔面に跳ねてお椀に飛び込んだ(どうも狙ったらしい)。

 束ね髪を刃と勘違いした宰相は、てっきり「自分は斬られた」と錯覚し、座ったまま静かに気絶していた。寵妾は犬のようにパンチング呼吸しながら真っ青である。僧正様は剣で宰相の顔面を貫く。……これぞ流血沙汰、宴席は血に赤く染まっていた。

 革命なんて奇麗事ではない。

 寵妾マリーアはロザリオの数珠をまさぐりながら、一心不乱に「主よ、憐れみたまえ」と念仏している。装飾品のつもりで身につけていた宝石の数珠が、とっさの命乞いに役立った。功徳のあらたかさに突如として発心し、「命が助かったら出家しよう」と神に誓う。ときとして人間の転向はかくも唐突かつすみやかである。

 大僧正は寵妾マリーアのか弱き心がフラフラ変わらないうちに祝福し、その場で剃髪してしまった。

 散発的に拍手が聞こえたのは、この寵妾があちらこちらで恨まれていたせいらしい。マリーアは鋭い視線で刺したが、かえって忍び笑いが返るだけだった。なにせ後ろ盾の藩王はもういないのだから。別に彼女個人が敬われ怖れられていたのではない。

 それにしても登場からわずか五分、一瞬の出来事であった。

 これはまぎれもなく反逆行為、クーデターである。

 やがて事態の重大さにその場は水を打ったようにシーンと静まり返る。一同の酔いも覚めたのだろう。ややあって大臣の一人が恐る恐る問いを発する。

「『厳正なる人』よ。『もっとも賢き士師(裁きつかさ)』よ。どうしてこんな……」

 裁きの人、ヨシャパンテ大僧正は威厳をもって答えた。

「国を滅ぼした我々は全くの有罪だ! 万死に値する!」

 良識あるゆえに悲壮、亡国の指導者の魂の叫びであった。

 そのとき衛兵の射たボウガンの矢が僧正の胸を突き破る。たぶん「やらなきゃやられる」と思い詰めたのだろう。「殺される」と予感すると、深く考える前に手が動いてしまう。

 僧正は満足げに笑みをたたえ、そのまま仰向けにぶっ倒れる。霞んでいく目は天井の、ずっと遠くを見ていた。

 たぶん、彼方にある不可視の月を見ていたのだろう。

 直後に太子ホスロー殿下の率いる兵士たちが乱入し、その場を制圧するはこびとなる。太子の引き連れた軍団の一部は、昨晩ヨシャパンテが手配した僧兵であった。

 制止できる僧正が先に殺されて死んでいたために、腐敗した廷臣たちは片端から殺戮された。
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