幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
5
心地よく気だるい眠りの中で、カリンは「蠍」の英霊に出会った。
どんな姿や顔立ちだったのかは朧げな影のようでハッキリ覚えていないけれども、ただ一つだけはっきりと覚えているのは、その凄惨壮絶な眼差し。人間に感受できる限度を超えてしまうような怒りと哀しみと絶望、そして最後の最後に残された理性の断片が「人間を辞めた復讐者」としての道を選ばせたのだから。
夢現に垣間見たのは、いつか遠い昔に、本当にあったのかもしれない光景。
既に人間であることを超えてた「蠍」たちは、人類にとっての最初の守護者・貴族種族であったのかもしれない(だからこそ現在の世界でも「神」として祀られているのだ)。たとえ腕や足が捥げて、血塗れで傷口から内臓をこぼしながら、それでも禍々しい武器を絶対に手放そうとせず、真空の闇空から来た怪物たちと戦い続けた者の幻影。
かつて大昔の「宇宙的な邂逅(コズミック・インパクト)」の大混乱の時代には、外宇宙からの人知を超えた漂着物だけでなく、招かれざる来訪者たちもいたのだ。早い話が宇宙戦争で人類は勝利して生き残るために死力を尽くし、一部の種族を味方に取り込みながら敵対する宇宙侵略者たちと血で血を洗うかのような大戦争の連続を百年も二百年も戦い抜いたのだそうだ。
この「新しい時」の起源は真空と暗黒。
新しい歴史の発端にいる「蠍」たちの存在は何よりもまず、純粋な悪魔にすら似ていたかもしれない。時空を司る赤と青の花などよりずっと以前の太古に地球に流れ着いて地下深くに埋没していた、半ば忘却された神話と古伝承をたよりに発掘された超宇宙甲殻類の断片を身体に移植したのだ。勝利のために身も心も既存の人類一般を超越して有史以前の怪物や魔人の域に達していたのだという。……なぜならば当時の地球強力に暴威を振るう宇宙侵略的外来種が多数・多種類で跳梁跋扈しており、まさしく宇宙規模の生存闘争バトルロワイヤルの一大騒乱・混沌の坩堝だった。たとえば強力無双で凶暴無限な「龍人」や、異常繁殖力で卑劣極まりない「魚人」や超常の神通力を操る「鳥人」及びその他の知能の低い怪物たちなどが、我が物顔で暴れまわりのさばっていた。
そのために当時の地球人間は古くから住み着いて共生していた混血種族(?)である「狼」や「狐」など(現在では「騎士」と総称され、貴族種の一部となった者たちの先祖)を味方陣営の地球防衛軍の戦力に動員するだけではもはや手が足りず、新たに同胞の志願者を生物兵器に人体改造した「蠍の騎士」や、「龍」や「鳳」などの人工ハイブリッド戦士でも造らなければ、とうてい勝ち残って地球の支配権を死守することができなかったのだ。
ひたすらに仮借なく、敵にも自分自身にも容赦せず、優しさを捨象した者たち。
夢を見るカリンは窒息しそうな畏怖と凍てつくような戦慄の中で、それでもじっと見極めようとした。人間を辞めてしまう直前に抱いていた執念の、残留思念じみた理性の至上命令に動かされた「蠍の騎士」は、まるで機械か昆虫のようだった。もはや愛とかでさえなく、「そうするようにできている」から、人類の敵と戦う。それだけの存在。
何かしら、人間らしい感情の断片は残っていないかと目で探らずにいられない。
けれども何も見えないし、わからない。温かみが微塵も感じられない。ひょっとしたら、瞳に映っている怒りや哀しみや絶望さえも、消え去った魂の残響が反射しているだけなのかもしれなかった。人間性の摩滅した蠍たちは、自分たちが戦う理由の根底にある敵性種族への憎悪や血を分かつ地球人類への愛さえ忘れ果て、機械人形のように忠実に無感動に使命を果たし続けたのだ。
まどろみの時の彼方から眺めていて、それが無闇に一等哀しかった。
ほの暗い記憶の果てに横たわる始原の混沌の時代の、人が生き延びるための呪われた「道具」だった生物兵器たちは、この新しい歴史の世界で「神」として祀られ、あるいは貴族種族として人間たちの庇護者としての地位を得た。
……けれどもこの神殿の地下の柩で沈黙のままに眠っている、古い時代の根源の矛盾と苦悩を背負った「旧世界人類のための殉教者」である『蠍』の騎士たちは、自分たちの生を犠牲にして使い潰して生き延びた今の人類やその子孫たちを、本当は永久の眠りの心の底で恨んでいるのかもしれなかった。
5
ふと目が覚めると、カリンは魔法のように明るくなった部屋の寝床にいる。
腕の中では愛しいアリエルがスヤスヤと寝息を立てている。
蠍を祀る巫女であるカリンは漠然と知っている。こんなにも、盲目的なまでの愛を与えてくれる可愛いアリエルが、かつて「蠍」が敵対して殺戮したおぞましい怪物たちの、遠い最後の末裔の一人であることを。
それは普通に愛し合って混血しただけでなく、純粋に「生物兵器」を作る目的で実権施設で囚人と無理矢理交配させたり、遺伝子の切り貼りでDNA改造した受精卵をカプセル培養で養殖したり、それこそ人道や倫理にもとるようなことを散々やったらしい。たとえば、かつて猿から人間に進化した先史時代には複数系統の初期人類間での交雑があったどころか、初期人類同士での共食いなども頻繁だったようだ。それをも上回るような陰惨な事柄が、とても口にできないような出来事が、それこそ山のようにあったんだろう。
この蠍の神殿に付きまとう哀しみの香りは、忘却された古の絶望に由来している。
蠍の巫女であるカリンは時々、別に自分が悪いわけもないのに罪悪感めいた気持ちに駆られるときがあるし、理由もなく泣きたくなるときがある。
「ムニャ……もー食べれない」
アリエルが寝ぼけてモゾモゾし、無防備にヨダレを流して寝言を言ってる。カリンが人差指で頭の髪を梳いてやると、ボンヤリと目を開けて「食べ過ぎて、眠い」とだけ言い、またスヤスヤと寝入ってしまう。
だから、それでも今を生きる少女のむきだしの腕に身を委ねた龍の娘は温かかった。
心地よく気だるい眠りの中で、カリンは「蠍」の英霊に出会った。
どんな姿や顔立ちだったのかは朧げな影のようでハッキリ覚えていないけれども、ただ一つだけはっきりと覚えているのは、その凄惨壮絶な眼差し。人間に感受できる限度を超えてしまうような怒りと哀しみと絶望、そして最後の最後に残された理性の断片が「人間を辞めた復讐者」としての道を選ばせたのだから。
夢現に垣間見たのは、いつか遠い昔に、本当にあったのかもしれない光景。
既に人間であることを超えてた「蠍」たちは、人類にとっての最初の守護者・貴族種族であったのかもしれない(だからこそ現在の世界でも「神」として祀られているのだ)。たとえ腕や足が捥げて、血塗れで傷口から内臓をこぼしながら、それでも禍々しい武器を絶対に手放そうとせず、真空の闇空から来た怪物たちと戦い続けた者の幻影。
かつて大昔の「宇宙的な邂逅(コズミック・インパクト)」の大混乱の時代には、外宇宙からの人知を超えた漂着物だけでなく、招かれざる来訪者たちもいたのだ。早い話が宇宙戦争で人類は勝利して生き残るために死力を尽くし、一部の種族を味方に取り込みながら敵対する宇宙侵略者たちと血で血を洗うかのような大戦争の連続を百年も二百年も戦い抜いたのだそうだ。
この「新しい時」の起源は真空と暗黒。
新しい歴史の発端にいる「蠍」たちの存在は何よりもまず、純粋な悪魔にすら似ていたかもしれない。時空を司る赤と青の花などよりずっと以前の太古に地球に流れ着いて地下深くに埋没していた、半ば忘却された神話と古伝承をたよりに発掘された超宇宙甲殻類の断片を身体に移植したのだ。勝利のために身も心も既存の人類一般を超越して有史以前の怪物や魔人の域に達していたのだという。……なぜならば当時の地球強力に暴威を振るう宇宙侵略的外来種が多数・多種類で跳梁跋扈しており、まさしく宇宙規模の生存闘争バトルロワイヤルの一大騒乱・混沌の坩堝だった。たとえば強力無双で凶暴無限な「龍人」や、異常繁殖力で卑劣極まりない「魚人」や超常の神通力を操る「鳥人」及びその他の知能の低い怪物たちなどが、我が物顔で暴れまわりのさばっていた。
そのために当時の地球人間は古くから住み着いて共生していた混血種族(?)である「狼」や「狐」など(現在では「騎士」と総称され、貴族種の一部となった者たちの先祖)を味方陣営の地球防衛軍の戦力に動員するだけではもはや手が足りず、新たに同胞の志願者を生物兵器に人体改造した「蠍の騎士」や、「龍」や「鳳」などの人工ハイブリッド戦士でも造らなければ、とうてい勝ち残って地球の支配権を死守することができなかったのだ。
ひたすらに仮借なく、敵にも自分自身にも容赦せず、優しさを捨象した者たち。
夢を見るカリンは窒息しそうな畏怖と凍てつくような戦慄の中で、それでもじっと見極めようとした。人間を辞めてしまう直前に抱いていた執念の、残留思念じみた理性の至上命令に動かされた「蠍の騎士」は、まるで機械か昆虫のようだった。もはや愛とかでさえなく、「そうするようにできている」から、人類の敵と戦う。それだけの存在。
何かしら、人間らしい感情の断片は残っていないかと目で探らずにいられない。
けれども何も見えないし、わからない。温かみが微塵も感じられない。ひょっとしたら、瞳に映っている怒りや哀しみや絶望さえも、消え去った魂の残響が反射しているだけなのかもしれなかった。人間性の摩滅した蠍たちは、自分たちが戦う理由の根底にある敵性種族への憎悪や血を分かつ地球人類への愛さえ忘れ果て、機械人形のように忠実に無感動に使命を果たし続けたのだ。
まどろみの時の彼方から眺めていて、それが無闇に一等哀しかった。
ほの暗い記憶の果てに横たわる始原の混沌の時代の、人が生き延びるための呪われた「道具」だった生物兵器たちは、この新しい歴史の世界で「神」として祀られ、あるいは貴族種族として人間たちの庇護者としての地位を得た。
……けれどもこの神殿の地下の柩で沈黙のままに眠っている、古い時代の根源の矛盾と苦悩を背負った「旧世界人類のための殉教者」である『蠍』の騎士たちは、自分たちの生を犠牲にして使い潰して生き延びた今の人類やその子孫たちを、本当は永久の眠りの心の底で恨んでいるのかもしれなかった。
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ふと目が覚めると、カリンは魔法のように明るくなった部屋の寝床にいる。
腕の中では愛しいアリエルがスヤスヤと寝息を立てている。
蠍を祀る巫女であるカリンは漠然と知っている。こんなにも、盲目的なまでの愛を与えてくれる可愛いアリエルが、かつて「蠍」が敵対して殺戮したおぞましい怪物たちの、遠い最後の末裔の一人であることを。
それは普通に愛し合って混血しただけでなく、純粋に「生物兵器」を作る目的で実権施設で囚人と無理矢理交配させたり、遺伝子の切り貼りでDNA改造した受精卵をカプセル培養で養殖したり、それこそ人道や倫理にもとるようなことを散々やったらしい。たとえば、かつて猿から人間に進化した先史時代には複数系統の初期人類間での交雑があったどころか、初期人類同士での共食いなども頻繁だったようだ。それをも上回るような陰惨な事柄が、とても口にできないような出来事が、それこそ山のようにあったんだろう。
この蠍の神殿に付きまとう哀しみの香りは、忘却された古の絶望に由来している。
蠍の巫女であるカリンは時々、別に自分が悪いわけもないのに罪悪感めいた気持ちに駆られるときがあるし、理由もなく泣きたくなるときがある。
「ムニャ……もー食べれない」
アリエルが寝ぼけてモゾモゾし、無防備にヨダレを流して寝言を言ってる。カリンが人差指で頭の髪を梳いてやると、ボンヤリと目を開けて「食べ過ぎて、眠い」とだけ言い、またスヤスヤと寝入ってしまう。
だから、それでも今を生きる少女のむきだしの腕に身を委ねた龍の娘は温かかった。