幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編

(番外編、喜劇)極北の年代記

※短編集を非公開にしたので、関連する短編としてこちらにまとめました。「狼」とは(時代・キャラクターだけでなく)基本的設定が異なり、「龍」は遺伝子改良の便宜名ではなくそのまんま恐竜人です。しかも舞台は近未来の北極の基地。


第一話

1
 そこが父祖の地と連なりであり、祖母なる星なのだ思えば、もはや氷点下の風雪も苦になりはしない。


 むしろ凍てつくような空気と舞い散る雪景色さえいとおしい。


 白夜に照らされる大地は美しく、星空に照らされる長い夜は安らぎである。


 数万年にも数十万年にも渡って、茫漠たる暗黒の宇宙を彷徨い旅してきた「龍」たちからすれば、大昔の先祖の始まりの星である地球の環境への適応は容易だっただろう。彼らの遠い先祖である原始恐竜人たちは魔術科学で異星への集団移住を試みたのだけれども(木星の衛星などにも彼らの初期のコロニー都市があるし外宇宙に留まった者たちもいる)、その間にも常に地球は思慕と郷愁の対象であった。


 現在では北極と月面などに龍人(ドラゴノイド)のコロニー都市が作られ、彼らとは姉妹関係にあるミュータント人類(ホモ・サピエンス)とは既に協定と同盟関係が結ばれている。かの大宇宙戦争時代の帰還時に一時は抗争もあったものの、外宇宙からの純然たる敵性種族の大挙しての侵略に直面していたこともあり、すぐに地球原産の龍は既存人類と連合するに至った事情がある。もっとも、現在では地球の少なからぬ部分が敵性勢力の制圧下に置かれ、予断を許さない情勢ではあるのだが。





2


 北極のコロニー都市の周囲には「キャンプ」と呼ばれる見張り所が幾つもある。


 それは氷を煉瓦替りにして作った簡易な要塞陣地のようなもので、敷地内には大型のテントや天幕を張って、都市の住民たち(防衛階級を中心にして)が順番に交代でアウトドア生活して都市周辺を警戒しているのだ。


 何しろ、敵性の外来宇宙種族が既に地球上に拠点を構築してしまっているのだから、彼らは常に攻撃の脅威に晒されていることになる。現生人類のホモサピエンスが人口の過半どころか三分の二を失っているといえば、その深刻さはおよそ察せられるというものだろう(中国大陸の北部や朝鮮半島などは丸ごと、アフリカや南米・インドの一部なども敵性の邪悪な外来エイリアン種族による「被占領の暗黒領域」と化してしまっている)。


 もっとも「龍」の種族というのは冒険心に富む活動的な面があり、そういう困難な情勢もおおむね平気であるし(かつて外宇宙で抗争を繰り広げたこともあるのだ)、こんな極地での交替制のキャンプ勤務などについてはむしろ楽しんですらいる節もある。


「どうだね、ルイージ君よ。作品の進み具合は」


 ストーブの傍らでコートの雪を落とす、白人の髭武者男は突然の吹雪にでもあったものらしかった。グリーンに金色の飾りをつけた将校風の龍の男が牙を見せて笑いながら(種族として表情筋が薄くても目顔に感情は表せるものらしい)、湯気の立つブリキのカップを差し出した。その顔は青白く髪は緑の刈り込んだ短髪で腰にぶ厚い剣を帯び、そして爬虫類のような瞬膜をパチクリさせる目には知性の光があった。


「ええ、義兄(にい)さん。今週中には完成できるかと思ったんですけれどもね」


 ルイージと呼ばれた人間の男は特に怖れる様子もなく、コーヒーを飲んで暖を取りつつ返事をする。何しろ相手は妻の兄なのだ(もっとも龍の婚姻制度の習俗は複雑なので、父親か母親が異なるそうだが……また彼らは社会の指揮や要職は男性中心であるが、家門の血統は案外に母系を重視する文化慣習があるそうだ)。


 彼ら「龍」の種族は外宇宙を旅する中で宇宙の異種族と混血を繰り返してきた経緯があったため、姉妹関係(ないしは従姉妹)である地球現生のミュータント人類(つまりホモ・サピエンス)との婚姻にも、必ずしも否定的ではないものらしい。現にこの龍のフツギ氏も、四分の一ほど地球人の血筋を引いているそうだ。


 イタリア系アメリカ人のルイージは若い時分に軍人として日本の基地で勤務していたことがあり、たまたま留学で日本にいた龍の娘と結婚した。それから妻の地元である北極のコロニーに移り住み、今のところ娘のナタリアは日本に留学している(普通の人間と龍では体力差があるため、ナタリアは父親だけでなく、運動や剣の稽古でフツギ伯父さんに日常的に遊んでもらっていたものだ)。


 さっきまでルイージと一緒にすぐ近くの氷壁にいた龍の若い兵士も礼を言って受け取った湯のみのお茶を飲んでいる。彼はどうにもコーヒーが苦手らしい。一応は隊長であることもあってなのか、フツギ氏は部下や隊員の好みもある程度は覚えているようだ(彼は性格に豪放な趣があるが、頭そのものは悪くないし横暴・粗暴なわけでもない)。


「うむ、突然に吹雪いてきたものだな、さっきまで晴れておったのに」


 フツギは氷の城壁の上から周囲に、俄かに鋭くなった眼差しを光らせる。こんな見通しが悪いときに、敵の斥候隊が奇襲をかけてくることもよくある話なのだ。


 そんなとき、十代前半と思しき赤毛の小娘がヒョコッと顔を出した。目に瞬膜こそないものの、彼女が普通の人間でないことは直観で察せられる。ココアの入ったマグカップを持って興味深げに大きな目を輝かせているのは、人間の娘とあまり変わらないようだ。


「ルイージさん、今晩は鮮魚ステーキだよ。私がフルコースに料理するの、嬉しい?」


 本日の料理当番の少女はなんだか悪戯っぽい眼差しを光らせている。


「……そうなのかい?」


 少しだけ間を置いて返事をしたルイージに、赤毛の少女は探るような調子でちょっとだけ顔を近寄せて、しげしげと見つめた。その態度には、まるで変わった民族料理を冗談交じりに突きつけ差し出すような悪戯っぽさがある。


 フツギと若い兵士はちょっと目線を交わし、フツギが助け舟を出した。


「たしかコンビーフとスープの缶詰もあったはずだが……」


 すると赤毛の少女は腕組みし、「ふーん」と蔑むような、拗ねたような目をする。


 目敏くもルイージが瞬間にホッとした表情を零したのを見逃さなかったのである。


「へー、ルイージさん、私の手料理が食べられないんだ?」


 意地悪い半眼で小馬鹿にした言葉を発する反抗期の少女を、フツギ氏がやんわりとたしなめた。


「これ、アリッサ。『あの肉』は人によったらキツすぎる」


 かつて人間の来賓客に歓待の料理として出して、そのせいで外交問題になりかけたことまである「魔の料理」なのだから。たしか北欧の王族と大臣の親善使節のときだったはずだが、プリンセスがその場で嘔吐して泣き出すわで、えらい騒ぎだった(あのときはノルウェーやスウェーデンなどから、北極のコロニーに連名で宣戦布告が出る一歩手前までいったという噂まである)。


 龍の若い兵士が憐れむような気遣いの眼差しをルイージに送り、ルイージもアイコンタクトで応える。あながち無下にできないのが辛いところである。


「でもさー、男のくせに女の子の手料理を拒否するなんて侮辱じゃん。ナタリア姉さんは何でも食べてくれたのに……」


 彼女はルイージの娘で留学中のナタリアの友人で、幼馴染の姉貴分の不在が寂しいのでその父親に絡んでいる節がなくもない。そもそも彼女は「鳳凰」(フェニクサノイド)と呼ばれる「龍」の亜種族で、極めてプライドが高く、しかも繊細・偏屈なところがある。


「あんまりたくさんは無理でも、少しくらいなら……」


降参するルイージ。


 それでようやく、アリッサも少しは機嫌を直したようだった。


「腕によりをかけて、こっち(地球)のフランス料理みたいにするね!」


 そんなことを言いながら、氷の厨房の方へトコトコ走っていく。




3

 一晩の闇の吹雪の後、翌日はまた晴れだった。


 雪と氷の照り返しが眩しい中、スポーツグラスをかけた鳳凰の少女がルイージと若い龍の兵士の後を追う。アリッサにとっては三日間の「キャンプ」滞在体験の最終日だ。


 作品が完成間近なので、そろそろ見てみたいとの要望に応えることにした。


 それは氷壁に刻まれた壁画彫刻だった。


 題材には、龍の歴史の一コマ一コマが取り上げられ、連作の「年代記」をなしている。


「我々も、教会の彫刻だとか、絵画だとかで、歴史はよくテーマになるんだ」


 文化人類学者で彫刻家アーティストでもあるルイージ氏は、そんなふうに説明する。


 自分のライフワークを語る髭武者先生は、どこか誇らしげでもあった。


「これ、知ってる。たしか立ち寄った冥王星で石碑を見つける話でしょ?」


 その壮麗さに息を呑みながら、アリッサは三メートルの高さの氷の壁画を眺める。


 ヨーロッパの教会芸術や仏教の美術などでは、聖人などを持ち物やポーズなどの特徴によってそれと示唆したり、象徴的な意味での事物配置で視覚的表現に意味を持たせる手法がある。そのやり方を、ルイージ氏は龍の歴史をテーマとした作品創造に応用したのだ。


 やがては朽ちてしまうけれども、その前にデータ化されてホログラムとして、北極コロニー都市内の博物美術館で展示されるのが恒例となっていた。そういう文化活動は精神面での安定や進歩のためにも、人間にとっても龍にとっても欠かせない一面があるのは同じなのだから。


 特に美的傾向の強いとされる鳳凰のアリッサなどにとっても、非常な感銘を与えただろうか。その日は彫刻の道具のことやら何やら質問しながら、作業現場で(引き上げ予定時間の)昼過ぎまで熱心に見学していた。


 別れ際に満面の笑顔で、ルイージと彫刻をバックにした記念写真を撮る。


 ……そんな隙を突いて(?)かどうかは不明だが、一方の氷の小要塞「キャンプ」では、昨晩に消費した「鮮魚肉」の補充作業が行われていた。


 キャンプの氷の氷室の一角に逆さ釣りにされた、邪悪な敵性の外来宇宙からの侵略種族である「鮮魚人」を、フツギ氏が鼻唄を歌いながら切り刻む(それはケンタッキーフライドチキンのメロディだった)。切り取った肉は連係プレーで燻製や挽肉にし、零れ落ちた内臓はたらいに受けなくてはいけない。こうしてお土産の「鮮魚肉ウィンナー」はおいしそうなのか不気味なのかわからないが、ともかくアリッサに無事に手渡されたのであった。
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