幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
第二話 「太陽を恨んだ者たち」
1
それはいわゆる「太陽を恨んだ者たち」と呼ばれる古文書の、大雑把な翻訳であるらしい。あの鮮魚人についての物語で、恵みと慈悲の太陽を逆恨みして、自ら奈落の底へと落ちてそれこそが彼らの至福なのであると説く、晦冥な伝説だ。
北極のコロニー都市で、龍人(ドラゴノイド)のフツギ氏は古文献のコピー資料を示しつつ、そんな風に説明して聞かせる。
「……で、これがあの『鮮魚人』の起源神話なわけですか?」
耳を傾けていた文化人類学者のルイージはメモを取りながら義兄でもある龍人に訊ねる。
この度に聞かされた話の内容は極めて寓意的で、あの暗黒宇宙への透徹の予見を主題とした幻想詩人ラヴクラフトの「レン高原」の物語を思わせるものだった。
たとえばそんな類の寓意的で摩訶不思議な言い伝えや伝承は、この狭い研究部屋の花瓶に飾られた、宇宙に由来する花にもある。赤と青のその花は、時間と空間の精髄がそういう形態をとって具現したのでもあるとされ、こんな風に伝えられている。
『月のない晩には、青いマンドラゴラの花は空の星とコッソリ囁き交わす』
『嫉妬した『赤い花』が奥ゆかしい顔を覘かせて、愛人の『月』の出を待っている』
……それらの仄めかすような言葉の「古代の真意」は現代人には永遠の謎なのかもしれなかった。
あえて哲学的に解釈しようとする趣もあるようだけれども(たとえば中国の『詩経』が儒教モラルによって象徴的に解釈されたように)、それもまた「形而上学的構築」という批判もある(『呪われた赤い竜』や『欲深な竜の徘徊』などの文献では、教訓的寓話とする見方と歴史文書とする解釈が対立しており、自嘲の諧謔文学による偽作という説もある)。
ともあれ宇宙から帰還した「龍」や「鳳凰」の文化や教養では、日本の古い和歌(『古今集』だの、「君が代」など)や独特な記述による歴史書(『古事記』や『平家物語』など)のように親しまれている古文書類も多いのだ。
たとえば日本や中国の古い詩歌などには、叙情感覚以前の呪術的な意味合いがあるという研究があるし、古い宗教聖典などでも時代的な解釈の蓄積そのものが古典的な教義になっていて、その最初の意味については謎と憧憬が尽きることはないだろう。
だからこうして義理の兄弟分である二人は宇宙古代のロマンを語らいつつ、書物棚の並んだ狭い研究部屋でお茶を飲みながら余暇を楽しんでいるのだ。
「うむ、この文献だって、出所が怪しいとか翻訳が変だとか、そんな話もあるし。だいたい、翻訳したのが文学者だったものだから、昔の地球の歴史の話をネタにしてわかりやすくするつもりで比喩的にこんな訳文に意訳したとも言われとる……残念だが、確認しようにも原文が燃えて残っとらんのだ」
フツギ氏は瞬膜のある目をパチクリさせて、緑の短髪を掻いた。同氏は「龍」とはいうものの、祖父がアメリカ華僑(高祖父は台湾人だそうだが)のクォーターハーフであることもあることもあり、地球のミュータント人類(ホモ・サピエンス)とも割合に懇意である。それで義弟のルイージの宇宙文化人類学的研究に手を貸しているわけだった。
「これも諸説があってなァ。本当のところはよくわからんのだ。他に一番有名なところでは『腐臭漂う養殖池から逃げ出した』だとか、『牝の熊の排泄物から蛆のように萌え生じた』だの言われるけれど、それが実際の具体的なところ、どういうことなのか、研究者の間でも解釈が分かれておる……」
そんなときに電話が鳴った。
どうやら「大漁」だったのだそうだ。
なんでも基地周辺のレーザートラップ地帯方面から、愚かにも鮮魚人たちが潜入を試みて、焼き切り刻まれて「切り身」になって転がったそうである。突破してコロニー都市に近づいた鮮魚の連中は、ペットとして飼育しているオオカミ犬や虎・ユキヒョウを放って餌食とされたようで(そういうときは狙撃兵が飛び道具の武器を持っている敵を優先的に射殺して援護するのが恒例だ)、雪原は血で染まっているのだとか。
なんでも都市のコロニーの城壁の上で、あの鳳凰のアリッサとルイージの妻(フツギの妹)が他の女どもと一緒に「挑発的なポーズで囮になった」のだとかで……。こういうときには迎えに行かないと、後の祟りが怖ろしい(「妻や妹が危険に晒されていたのに心配もしてくれない」などと拗ねるのだ)。
フツギとルイージはいそいそと出かけていき、特殊な食肉の回収作業を手伝うことにする。
2
どうやら鳳凰の赤毛娘のアリッサは敵方の鮮魚姫の歌声と張り合ったので、くたくたになっていたようだ(「歌合戦」によって、洗脳波を打ち消すのである)。その傍らでオオカミ犬のマティス君が「なーに、たやすい仕事でしたよ」と口の周りを血に染めて、男前な笑顔でへっへと舌を出して笑っていた(彼はアリッサの執事役なのだ)。実際の年齢より若く、妙齢の美女にしか見えない剛腕のドラゴン女房は、人間の夫のルイージに「あーん、こわかったわ!」などと甘えるものの、その腰にぶら下げた大型の手斧は無残な返り血に染まっていた。
みんなで袋を持って、鮮魚の肉片を集める。生きたまま肝臓を引きちぎったりするものだから、あちこちから人ならざる悲鳴・苦鳴が聞こえてきた。
それらの「収穫」は竜族の酒で漬けて消毒・あく抜きし、中国大陸やイスラームの諸国に特産品・贈り物として廉価で輸出される(イスラム教では「魚介類」は基本的に食べて良いので……)。また鮮魚人の頭蓋骨などを加工して欧米や日本なども含めて、アクセサリや飾り物として出荷したりもしている。幾ばくかの外貨獲得の助けになり、この外宇宙からの地球侵略に晒された時勢の困難な世界で、戦って生き延びている同盟諸国を励ますためだ。
……後日、イスラム諸国の西インド洋沖合の海戦で、「この魚介類の分際で地球侵略なんかしやがって!」と猛り狂ったイスラム戦士たちのよって鮮魚の母艦が拿捕されたそうな。しかも中国大陸では徐々に北部を占領している鮮魚人を「食肉牧場」とする解釈と認識が広がっているのだとか。
かくして世界は繋がっているのだし、宇宙規模の生存闘争と食物連鎖は続いていくのである。
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それはいわゆる「太陽を恨んだ者たち」と呼ばれる古文書の、大雑把な翻訳であるらしい。あの鮮魚人についての物語で、恵みと慈悲の太陽を逆恨みして、自ら奈落の底へと落ちてそれこそが彼らの至福なのであると説く、晦冥な伝説だ。
北極のコロニー都市で、龍人(ドラゴノイド)のフツギ氏は古文献のコピー資料を示しつつ、そんな風に説明して聞かせる。
「……で、これがあの『鮮魚人』の起源神話なわけですか?」
耳を傾けていた文化人類学者のルイージはメモを取りながら義兄でもある龍人に訊ねる。
この度に聞かされた話の内容は極めて寓意的で、あの暗黒宇宙への透徹の予見を主題とした幻想詩人ラヴクラフトの「レン高原」の物語を思わせるものだった。
たとえばそんな類の寓意的で摩訶不思議な言い伝えや伝承は、この狭い研究部屋の花瓶に飾られた、宇宙に由来する花にもある。赤と青のその花は、時間と空間の精髄がそういう形態をとって具現したのでもあるとされ、こんな風に伝えられている。
『月のない晩には、青いマンドラゴラの花は空の星とコッソリ囁き交わす』
『嫉妬した『赤い花』が奥ゆかしい顔を覘かせて、愛人の『月』の出を待っている』
……それらの仄めかすような言葉の「古代の真意」は現代人には永遠の謎なのかもしれなかった。
あえて哲学的に解釈しようとする趣もあるようだけれども(たとえば中国の『詩経』が儒教モラルによって象徴的に解釈されたように)、それもまた「形而上学的構築」という批判もある(『呪われた赤い竜』や『欲深な竜の徘徊』などの文献では、教訓的寓話とする見方と歴史文書とする解釈が対立しており、自嘲の諧謔文学による偽作という説もある)。
ともあれ宇宙から帰還した「龍」や「鳳凰」の文化や教養では、日本の古い和歌(『古今集』だの、「君が代」など)や独特な記述による歴史書(『古事記』や『平家物語』など)のように親しまれている古文書類も多いのだ。
たとえば日本や中国の古い詩歌などには、叙情感覚以前の呪術的な意味合いがあるという研究があるし、古い宗教聖典などでも時代的な解釈の蓄積そのものが古典的な教義になっていて、その最初の意味については謎と憧憬が尽きることはないだろう。
だからこうして義理の兄弟分である二人は宇宙古代のロマンを語らいつつ、書物棚の並んだ狭い研究部屋でお茶を飲みながら余暇を楽しんでいるのだ。
「うむ、この文献だって、出所が怪しいとか翻訳が変だとか、そんな話もあるし。だいたい、翻訳したのが文学者だったものだから、昔の地球の歴史の話をネタにしてわかりやすくするつもりで比喩的にこんな訳文に意訳したとも言われとる……残念だが、確認しようにも原文が燃えて残っとらんのだ」
フツギ氏は瞬膜のある目をパチクリさせて、緑の短髪を掻いた。同氏は「龍」とはいうものの、祖父がアメリカ華僑(高祖父は台湾人だそうだが)のクォーターハーフであることもあることもあり、地球のミュータント人類(ホモ・サピエンス)とも割合に懇意である。それで義弟のルイージの宇宙文化人類学的研究に手を貸しているわけだった。
「これも諸説があってなァ。本当のところはよくわからんのだ。他に一番有名なところでは『腐臭漂う養殖池から逃げ出した』だとか、『牝の熊の排泄物から蛆のように萌え生じた』だの言われるけれど、それが実際の具体的なところ、どういうことなのか、研究者の間でも解釈が分かれておる……」
そんなときに電話が鳴った。
どうやら「大漁」だったのだそうだ。
なんでも基地周辺のレーザートラップ地帯方面から、愚かにも鮮魚人たちが潜入を試みて、焼き切り刻まれて「切り身」になって転がったそうである。突破してコロニー都市に近づいた鮮魚の連中は、ペットとして飼育しているオオカミ犬や虎・ユキヒョウを放って餌食とされたようで(そういうときは狙撃兵が飛び道具の武器を持っている敵を優先的に射殺して援護するのが恒例だ)、雪原は血で染まっているのだとか。
なんでも都市のコロニーの城壁の上で、あの鳳凰のアリッサとルイージの妻(フツギの妹)が他の女どもと一緒に「挑発的なポーズで囮になった」のだとかで……。こういうときには迎えに行かないと、後の祟りが怖ろしい(「妻や妹が危険に晒されていたのに心配もしてくれない」などと拗ねるのだ)。
フツギとルイージはいそいそと出かけていき、特殊な食肉の回収作業を手伝うことにする。
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どうやら鳳凰の赤毛娘のアリッサは敵方の鮮魚姫の歌声と張り合ったので、くたくたになっていたようだ(「歌合戦」によって、洗脳波を打ち消すのである)。その傍らでオオカミ犬のマティス君が「なーに、たやすい仕事でしたよ」と口の周りを血に染めて、男前な笑顔でへっへと舌を出して笑っていた(彼はアリッサの執事役なのだ)。実際の年齢より若く、妙齢の美女にしか見えない剛腕のドラゴン女房は、人間の夫のルイージに「あーん、こわかったわ!」などと甘えるものの、その腰にぶら下げた大型の手斧は無残な返り血に染まっていた。
みんなで袋を持って、鮮魚の肉片を集める。生きたまま肝臓を引きちぎったりするものだから、あちこちから人ならざる悲鳴・苦鳴が聞こえてきた。
それらの「収穫」は竜族の酒で漬けて消毒・あく抜きし、中国大陸やイスラームの諸国に特産品・贈り物として廉価で輸出される(イスラム教では「魚介類」は基本的に食べて良いので……)。また鮮魚人の頭蓋骨などを加工して欧米や日本なども含めて、アクセサリや飾り物として出荷したりもしている。幾ばくかの外貨獲得の助けになり、この外宇宙からの地球侵略に晒された時勢の困難な世界で、戦って生き延びている同盟諸国を励ますためだ。
……後日、イスラム諸国の西インド洋沖合の海戦で、「この魚介類の分際で地球侵略なんかしやがって!」と猛り狂ったイスラム戦士たちのよって鮮魚の母艦が拿捕されたそうな。しかも中国大陸では徐々に北部を占領している鮮魚人を「食肉牧場」とする解釈と認識が広がっているのだとか。
かくして世界は繋がっているのだし、宇宙規模の生存闘争と食物連鎖は続いていくのである。