幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
第三話 「北極の日常とテレビ」


1

 龍が住まう北極のコロニー都市では、夜ごとに幾筋もの光の糸を闇と星の天空へとはためかせる。それは特定の惑星と月の位置に合わせ、高出力のレーザービームで相互に通信しているのだ。


 何故ならば、月や火星、木星の衛星エウロパなどには、同じ仲間が住むコロニーがあるから。そこには「龍」や「鳳凰」などの地元星系(地球・太陽系)出身の種族の者たちが生活を営み、外宇宙からの邪悪な侵略に対して防衛線を張っているのである(月には地球のミュータント=ホモ・サピエンス族の代表大使館も複数あり、事実上の太陽系連合議会が置かれている)。


 もっとも、地球ですら少なからぬ地域が敵性種族によって占領されているのだから、各方面での戦況も容易ではないらしい。まだ広範囲に環境改変されたエウロパが(その地の鳳凰種族は地球出身の原始龍人・有毛人と現地種族の混血の末裔だとされる)、宇宙艦隊を擁する強固な要塞として存在しているから良いものの、どうやら火星などでも熾烈な戦いが繰り広げられている様子である。


 この「有毛人」というのは今ではエウロパでも純血の数が少ない少数民族なわけだが、実は地球の現生種ミュータント(ホモ・サピエンス)の先祖の一源流でもあり(魔術的な叡智を持つ原始古代人の一派)、ヨーロッパの狼男だの、インドの猿神ハヌマットだののモデルであるとされている。その資質と能力を引き継ぐ末裔の家系は人間の中にも数多く残っており、それらの各氏族は「獣」の血筋と総称されて、しばしば動物を紋章やトーテムとしていることが多い(それには龍や鳳凰との混血の者らも含まれるが)。



2
 その日、月の議会でのエウロパ第三宇宙艦隊司令の演説は、恒例のレーザービーム通信で、太陽系全域に発信された。味方だけでなく敵方にも良く聞こえるように。


 演壇では大きなビーバーにしか見えない有毛人の提督が、どことなく高雅な口調のテノールで熱弁を振るっている。エウロパの鳳凰(フェニクサノイド)語ではあっても響きよく、威風堂々として、字幕でも意図はよく伝わる。彼らは中国の苗族やアメリカの解放黒人などと同様、不死鳥の女王に忠誠を誓う戦士である。


『我が方の艦隊は金星近郊の宙域で、鮮魚人の武装難民船、二百四十八隻を全て撃沈した』


 議会は息を呑むような沈黙に包まれている。


 テレビの画面越しでも、まるで無言の興奮が伝わるかのようだ。


 全世界の人々が、あのフツギやルイージも報告演説を注視している。ルイージは「危なかったですね」と呟き、フツギも無言で頷く。もしも地球や火星に侵入されてとりつかれていたら、それこそ危ないところであった(繁殖・侵食力が凄まじいので)。


『奴ら(鮮魚人)は、ただ単に偶然に姿形が地球の魚や我々に似ているからといって、自分たちが地球に縁があるものだとか、その類の嘘八百を並べ立てて太陽星系への支配の権利を主張している。……しかし、そのような偽りの言葉に騙されてはならない! 奴らはただ格好が偶然に魚や我々に似ているだけで、全く縁も所縁もない暗黒宇宙の異種族であり、白痴の神アザトースを崇める邪教徒どもである! ……あいつらは龍や鳳凰の同類でもなければ、私のような有毛人の親戚でもない。ゆえに盟友である龍、ならび自分のような有毛人の兄弟・血族でもある地球のホモ・サピエンス種族の諸君には、今後の地球防衛闘争での一層の団結と奮起を期待する! そしてエウロパの鳳凰女王陛下に栄光あれ!』


 そして一呼吸置いて、ビーバーのような提督は微笑さえを浮かべてこう付け加えた。


『こんなに嬉しいことはない。哀れとも、悲しいとも思わない。純粋に嬉しいだけである』


 すると歓声と万雷の拍手が巻き起こる。


 しばしの中断を置き、場が静まるのを持ってから提督は言葉を続けた。


『奴ら(鮮魚人)は、ただ単に偶然に姿形が地球の魚や我々に似ているからといって、自分たちが地球に縁があるものだとか、その類の嘘八百を並べ立てて太陽星系への支配の権利を主張している。……しかし、そのような偽りの言葉に騙されてはならない! 奴らはただ格好が偶然に魚や我々に似ているだけで、全く縁も所縁もない暗黒宇宙の異種族であり、白痴の神アザトースを崇める邪教徒どもである! ……あいつらは龍や鳳凰の同類でもなければ、私のような有毛人の親戚でもない。ゆえに盟友である龍、ならび自分のような有毛人の兄弟・血族でもある地球のホモ・サピエンス種族の諸君には、今後の地球防衛闘争での一層の団結と奮起を期待する! そしてエウロパの鳳凰女王陛下に栄光あれ!』


 ビーバーのような少数民族の第三艦隊司令は、熱烈に拳を振り上げて演説を締めくくる。


 決意を太陽系に響かせた月の議場は、再度の万雷の拍手に包まれた。



3
 そして一緒にテレビを見ていた不死鳥の赤毛娘アリッサは、隣りのドラゴン女房のパトリッカにヒソヒソと囁き交わしていた。


「いっつも思うんだけど……すっごくモフモフしてるよね、有毛人の人って」


「あらあら。可愛いじゃない」


「その、さー。私って地球生まれで、有毛人ってまだ会ったことないからさー」


「ナタリアが『狸』の娘さんと友達になったって、写真送ってきてたし、そのうち会えるんじゃないかしら?」


 パトリッカの娘のナタリアはアリッサとは幼馴染の姉貴分で、今は日本に留学中である。


「それも楽しみだけど……あの写真の日本の人って、『獣』の血筋でもほとんど普通のアース・ミュータントでしょ? ツルツルっぽいし、私やナタリアとあんまり変わらなさそう」


 もともと龍や鳳凰は、アース・ミュータント(地球の新人類=ホモ・サピエンス)と身体デザインが酷似している。これは有毛人などもそうなのだが、しょせんは一つの進化系統から枝分かれして平行進化した種族であるだけに、見た目だけでなく精神文化やメンタリティなどでも親戚同士のように類似している面がある(宇宙での経験を経た龍や鳳凰の遺伝的キャパシティの受容力のせいもあって、通婚・混血すら可能なのである)。


「うーん、そうねえ……ファッションで耳や尻尾を付けることがあるそうだけど……」


「あれって、ファッションなの?」


 以前に日本から送られてきた手紙の写真では、「狸」氏族のカナという日本人の少女は動物のような飾り耳と尻尾を着けていたが、ナタリアも頭に普段はつけない角のカチューシャの飾りを付けていたのだ。あれは通常のファッションというより、なんだか一緒にふざけていただけのような気がするのだが。


 おそらくは重大な政治的意味を持つであろう、月の議会の演説生中継の内容を無視して違う方向の談話に耽る女たちの傍らで、オオカミ犬のマティス君が「モフモフなら任せておいて下さい」という期待顔で、行儀良く座って尾を振っている。



4
 その横でテレビ演説を感慨深く眺めながら、フツギ伯父さんとルイージ・パパも小耳に挟んだ会話の内容について言葉を交わしている。


「ナタリア(娘)の友達って、義兄さんの知り合いのところの子でしたっけ?」


「うむ。前に確認したら、昔に東北アジア大陸の戦線とかで何度か一緒だった、日本の忍者の秋津さんのところの子だった。……森林や山でゲリラ戦をすると、滅法に強い名手だったな。そういえば、古い親友の戦闘レプリカント(模造人間)が大陸の古戦場で回収されて、電子頭脳のデータ移植で復活したそうなんだが、彼も同じ町にいるそうだ」


 フツギ氏は懐かしそうな面差しで、感慨深げに冷めかけたコーヒーを飲んだ。


「ああ、ナタリアもその『みきゅー中尉』によく遊んでもらっているとか、メールでよく書いてきますね。あの子は勢いが凄いから、壊さないといいんですが」



「なんの、あいつは戦闘タイプの男性型でも一級品だし、そんな心配は無用さ。ワシもガキの頃に散々訓練で遊んで貰ったが、それで壊れたことなど一度もないよ」


 ルイージは記憶を手繰って問いかけた。


「被覆の人造肉の味を極上の牛肉味にしてくださいとか、稟議書を出して叱られたとか?」


 たしかに少年時代のフツギと遊んで平気だったならば、龍の娘のナタリアが相手でもおそらくは大丈夫だろう。往時のフツギ少尉は、チームメンバーの青年型レプリカントの中尉との格闘訓練で「どうせ修理できるから」とばかりに、ちょっと小腹が減るとよく噛みつこうとして逆にカウンターパンチを貰っていたなどと聞いている。


「うむ。『蠍』の大尉からすぐに『よし、グランド十周!』などと頭を小突かれたな……」


 あくまでもフツギは懐かしげであった。


 ……なにせ、それもこれも過去の悪童時代の思い出であるから。さしずめ、生体サイボーグの「蠍」の隊長や戦闘レプリカントのみきゅー中尉が、学校の先生・先輩みたいなものだったのだろう。毎日の日課で半強制的に漢字の書き取りや計算練習をやらされたそうだ(同じチームの隊員が各教科担任のようなもので、命じられた勉強・宿題をサボったらスクワットやランニング・食事減らしの刑!)。


 アリッサとパトリッカはそんな男たちの会話を聞きながら、くつろぎきったオオカミ犬を二人がかりでいじっている。


 演説後にチャンネルを変えると、テレビの別番組では熊のような体格の龍族の教授が、城壁構築・戦略防衛網についての研究について講義をやっていたが、アリッサはマティス君の耳と尻尾で遊ぶのに夢中で、いっかな小難しい話は聞いてはいなかったようだ。



5
 やがて窓の外から、シャリン、シャリンと鈴の音が聞こえてくる。


 どうやらお迎えが来たのだ。


 北極の闇空の下に、トナカイに引かせたソリが窓辺を通り過ぎ、止まる。


 このコロニー都市では上空にもバリアーは張られていたが、通常には適度に雪が降ることまで妨げはしない。そもそも北極は氷の塊であるため、空間固定技術を使って人造建造物の位置を安定させているわけで、氷や雪もまた「資源」なのである。……宇宙の寂寞と空虚を知っている種族にとって、こんなにも水や氷が大量にあることは「豊穣」に等しい。持ち前の空間処理技術で半分浮遊する都市を構築し(不足する資材は輸入したり海水から元素を抽出したりもできる)、品種改良された農作物の水栽培も自由自在にお手の物だ。


 だから道路の表面は雪と氷で被われているのが普通で(もちろんその下に安定用のネットやパイプが張られているのだが)、この手の動物(犬やトナカイ)に引かせたソリは特殊な自転車と同様にポピュラーな移動手段の一つでもある。また、苔を食べて生育するトナカイは、アザラシなどと同様に食肉用としても飼育されている(その他に農作物から人造の擬似食肉も製造されているが)。


「アリッサちゃん、そろそろ」


「うん」


 赤毛の少女がソファから立ち上がると、マティス君も転がり起きて従った。


 これから人工土壌や水栽培の農業プランターエリアを抜けて、特殊な布と氷で出来た家に帰るのだ。それはさながらモンゴル人の大型テント住居のように住み心地も良く、温かな我が家なのである。
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