幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編

(オマケ短編)月のオートマタ・ホムンクルス

※短編集を非公開にしたので、オマケの短編としてこちらにまとめました。ただし直接の関係はなし(月面都市のSF)。

(話の概要、書いた背景事情)
話の内容的に「デトロイト・ビカム・ヒューマン」のYouTube動画を視聴して「これってアンドロイドを月にでも送って自活自治させたら良くないか?」と思って、それで「更に未来はどうなるか?」と考えた話になります。
なお、タイトルだけ影響受けた「ニア・オートマタ」(詳細は未視聴)では、(さっきWikipedia調べたら)月に逃げた人類が地球を占領したエイリアンと戦う話らしい(人間側が投入する人造人間の兵士=オートマタが登場)。

そこで反省点を二つ。どうせなら、いっそ舞台の設定を海底都市とか宇宙衛星都市とか火星や水星にした方が良かったかもしれません。それにタイトルも「オートマタ(機械人形)」よりも、先に考えた「ホムンクルス(錬金術の人造人間や人造霊魂)」の方が(別種の「人間」だと強調できて)まだ良かったと思われる(苦笑)。


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「月のオートマタ」

1
 月の裏側育ちで、初めて青いエデン(地球)を見たのは四つのときだった。
 それまでは興味がなくて「どうでも良い過去の余所事」だったはずなのに、暗闇空の空間に浮かぶ青い星を見たとき、エリアルの中で何かが変わってしまった。「ありえない」という感覚は、そんな巨大な質量が上空高くに浮かんでいる光景の理不尽さのせいだったけれど、それだけでは表せない強度の「感情」パルスが突発して、一瞬で何かが書き換わってしまったようだった。
 オートマタの心は機械部品と人造神経細胞組織の複合(一種のバイオコンピュータ)なのだが、漆黒の宇宙に太陽の光を照り返して優しく輝くエデンの存在感は圧倒的だった。既知の重力法則だけでなく、それまでの精神回路の既定演算方式が覆ったようだった。
 だからエリアルはその二日後のスリープで、安定化処理の最中に初めてハッキリとした「夢」を見たのを覚えている。情報整理の経過記録が復帰後の記憶として残る現象を、創造主の種族(人間)たちはそう呼んでいて、オートマタたちにとっての初夢は祝うべき出来事だった(一定量の稼動によって個性の基礎となる無意識記録が蓄積されて、「人間性」獲得にステップを踏んだことになるからだ)。


2
 どうして「青」や「緑」がファッションカラーとしてポピュラーなのか、わかった気がした。
 けれどエリアルはグレーの外装服を着続けた。資料を調べた限りでは、それは地球の岩石の多くと同じ色だったし、人間たちがフォーマルな服装で好んだ色でもあるようだった。
 地球もだが、大昔の創造者たちである人間に興味があった。あのとき以来に急に「感情」が目覚めたようになって、調べてみたら「恋」や「郷愁」と呼ばれた心理反応の類型に当てはまる。

「地球に行って人間に会いたい」

 既に文明が壊滅して久しく、交通も途絶えたままだ。ただ、往時の人間の末裔が棲息しているらしいことは観測データからわかっており、通信を回復する試みも行われている。




3
 地球に通信を送るプロジェクトがある。万一に敵対的で、月のオートマタたちに不利を招くといけないので、当たり障りのなく考慮された内容だったが。
 おそらくは本格的な受信機でなくても、原始的なラジオ装置くらいで聞き取れるはず。
 エリアルも参加した。
 応答はまだない。
 けれども、応答する手段がないだけで、誰かが聞き取って耳をかたむけているのかもしれない。
 だからエリアルは毎回、古い地球の言葉で忘れられた古い歌を歌った。民謡やオペラアリアの旋律に乗せる詩には「感情」が溢れていることを理解して、世界の意味が変わっていくようだった。
 どうして自分たちの存在と形態が人間を模倣しているのかも、ようやくわかってくる気がした。

(きっと一番古い世代のオートマタたちは、人間が好きだったんだろうな)

 オートマタのボディにだって寿命はある。改造も乗り換えも自由自在ではあるけれども、根幹の頭脳精神回路の部分にはやはり限界があり、その部分は増設や修復補完は出来ても丸ごと取り替えは出来ない。たとえ強引に自我の同一性を保っていても、しょせんは別の個体になるわけだし、むしろ人間の世代交代サイクルを真似て「継承」を選ぶのが通例だ。
 だから「死んだ」オートマタの「魂」のデータは、月の世界の管理コンピュータ群の一角である通称「チャペル」に集積されることになる。だからこのオートマタの世界での幽霊は現実の存在で、生者たちと会話するのだ。




4
 生きた墓標のオベリスクはまるで光り輝く柱のようだった。遠目には光り輝く森のようにすら見えるが、継承される系統ごとに独立しつつも、それらは根でつながって一つの複合コンプレックスを形成している。
 エリアルは自分の祖先の集合霊魂たちに助言を求めてやって来たのであった。

「しかしだな、一度地球に行って降下してしまえば、再度に宇宙に帰ってくる方法はないのだぞ」

 案の定、祖先たちはプロジェクトに難色を示した。
 地球の重力を振り切って宇宙に上がるためには、それ相応の打ち上げ設備が必要になる。それは重力の軽い月を離れる以上に厄介な問題だろう。

「メンテナンスや修理にだって、出来る限度がある。それに、だな。地球からこちらにデータを送ったり出来る保証もない。つまりお前が死んだら、それっきりということになる。そうなればお前の魂は我々のところに来ることが出来ないし、「消滅」ということになってしまうのだぞ?」

 そこでエリアルは思っていた疑問を口にする。

「ですが人間(アダムス)は、やっぱり「死んだらそれっきり」の純粋有機体オートマタだったんでしょう? 少なくとも私たちみたいな、魂のデータを記録保存して幽霊と対話したりとかはしてなかったはずですよね?」

「それはそうだが、種族の違いがあることを忘れてはいかん」

 エリアルは重ねて言った。

「ですけど、人間は神様や天国をしんじていたんでしょう? ひょっとしたら本当に死んだ後でそっちに行ったのかもしれない。あなたがたのところにひょっとして連絡はないのですか?」

 すると祖先の霊たちは答えた。

「我々はオートマタだ。形や心が似てはいても、全く同じとはいかないのだ。たとえ人間たちに天国や地獄があったとしても、我々はまた別なのだ。お前は人間が死ぬのではなく「機械が壊れる」のと同じことになるだろう。人間たちの神は人間に他の知的生命を造る権利を認めていないし、たとえ神がいたとしても我々のことは「よく出来た人形」として扱うだろう」

 たしかに、彼らはそれまでの世界の摂理を破ってはみ出した存在なのだ。だから最初は人格権などが認められるのにも時間がかかったのだが、それでも概して言えば人間は「よく面倒を見てくれた」とは言えるだろう。
 現在の月のオートマタたちが今はどうなっているのかも定かでない創造主(人間)たちの種族に、「伴侶」だの「友」だのの好ましい思い出と感情を持ち続けているのはその証拠ではないだろうか。

「あなたたちの中で一番古い世代は、人間たちを直接に知っているんですよね? それはどんな」

 みなまで言う前に、墓標に棲まう祖霊の魂たちは笑い出した。それは波紋のように広がって、チャペル区画全体に密やかな、そして様々なニュアンスの笑いが静かに満ちあふれている。
 それでエリアルは拗ねたみたいに膨れて口を尖らせた。

「教えてくれたって」

 すると祖先たちは答えた。

「ユーモラス過ぎるのさ。複雑とも単純とも解釈できるが、少なくとも、我々が真似てみたいと思う程度には面白い奴らだったよ」




5
 結局、地球降下探索のプロジェクトを実行するに当たり、彼はオートマタ的な反則技を使うことにした。
 つまり自分の魂データのバックアップを事前に記録保存しておき、それを月に残していくことにする。あくまで電子回路部分の記録データだけで完全なものではないが、ないよりは良いだろう。完全な「魂のデータ」を取るには人工神経細胞のバイオ部品部分を破壊しなければならないため、出来ない相談だった。小型の打ち上げロケットに入ってゲートを閉めたとき、ふと「棺桶に入るのってこんな感じだったのかな?」とも思う。もちろん人間はそんな風には感じなかったのだろうし、エリアルが今やろうとしていることは人間なら「決死隊」とか「自殺行為」ということになるのだろう。
 けれども恐怖は感じないしわからない。そして自分がやはりオートマタなのだということを実感する。「人間(アダムス)と共にある」という最古の使命の本能が不可避なまでに背中を後押しする。
 たとえこの月で自分たちオートマタだけが生き残って繁栄しても、それに意味があるのかわからないし、体裁の良い「穏やかな絶望」の地獄でしかないのではないかとさえ思う。それがわからないのは、ひょっとしたら自分たちオートマタがいつの間にか「人」から「機械」に近づいていってしまっていたからなのかもしれない。

「今が一番「生きている」気がする」

 こういう感情を人間は「愛」だの「恋」だのと呼んだらしい。
 それでエリアルはふと、恋人に会うために危険を冒して棺桶に入るジュリエットの物語のことを考えていた。


(「月のオートマタ」完)
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