幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
(オマケ短編)琥珀のデスマスク
※短編集を非公開にしたので、オマケの短編としてこちらにまとめました。ただし直接の関係はなし(SF、「月のオートマタ」に関連)。
琥珀のデスマスク
(注)暴力描写注意w
1
青と白のクリアな上空に偽りの天使たちが我が物顔で飛びかっている。
さながら翼ある細身のガーゴイルのような下級オートマタたちは、大理石の聖人像のような顔をしていた。その腕に携えているのはハープの楽器ではなく熱線レーザー銃で、見つけ出した人間を殺したり捕獲したりするのだ。
(そうだ、もっと近寄ってこい)
岩陰に隠れた男は、壊れた建築物の残骸が散在する荒野から、頭上の敵の斥候を凝視していた。
この辺りも昔は都市の外郭の一部だったのだろうが、自然の猛威ともいうべき砂嵐で光景が一変してしまっている。破滅した人間世界の屍を慈悲のように土で洗い埋めていく過程の最中なのだ。
(とにかく移動までの時間を稼がないと)
通常なら、必ずしも敵の上空からの偵察兵を撃墜するのは、必ずしも最善手とはいえない。下手に攻撃すればこちらの存在もバレるからで、発見されないかぎりはわざと遣り過ごす選択も考えなければいけない。特に個人でなく小集団やレジスタンスの秘密拠点の場合には、目先の勝ち負けや敵の破壊だけでなく、戦略的な視点から判断しなくてはならないだろう。
ただ、今回の場合には、既にチームの拠点移動が決まって実施中なのだった。移動中の味方を発見されて襲撃や追跡されたら最悪だし(設備と物資の輸送や多くの非戦闘員の集団移動にはリスクが伴いがちだ)、どのみちこの近辺にレジスタンス拠点があることはバレているのである。
今の地球上では、人類はしばしば古代のスキタイ遊牧民のような生活を強いられているのだった。常に「天使」の襲撃リスクがあるために、大規模で安定した農耕や製造業、自然資源の開発などが困難になってしまっていることは、文明衰退の最大の理由なのだろう。歴史的にも戦乱期には生産力の低下から飢饉などが発生しやすいのと同じ理屈で、現在の地球の総人口は十億人を切っているという説がある。
(敵は三体、さっきの暗号通信ではもう一組いるらしいし、今のうちに片付けちまおう)
とっくに移動の第二陣は複数に分かれて出発していて、あとは第三陣の二班が残りの資材を持って引き払うだけ。もうここまでくれば遠慮は必要ないし、ここでドンパチをやるために移動ルートの警戒掃討から戻ってきたようなものなのだ。
男はブルーの甲冑じみた装甲服の肩に台尻を当て、大型のレーザーライフルで狙いをつける。これは敵の陸戦歩兵型オートマタを倒して強奪したのをカスタマイズしたもので、彼にとっては使い勝手の良い代物だった。普通の生身の人間には手に余るかもしれないが、鎧に身を固めた彼には適度な重さでしかない。
特殊セラミックス複合材の水色がかった鎧は西洋騎士の甲冑をベースに日本の武士の鎧を折衷ミックスしたようなデザインだ。両肩に長方形の盾があり、脇の下を守る小さなプレートも付いている。
兜には襟周りの裾とクワガタ飾りがあった。足回りは左右にやや長い防御プレートがぶら下がっていたが、前後は動きやすさを優先してミニスカートのように短く軽い防御板を複数並べている(ちょうど下腹部と腰周りに内股関節部分を守るには足りるだろう)。
「貴様らに「死ね」とは言わん、「破壊する」だけだ!」
どのみちに相手は使役されるオートマタ(自動機械)と、オートマタと融合した自称新人類の似非天使どもでしかない。
第一射撃の赤みがかった光条が晴天の稲妻のように上空へと一直線に駆け上がる。破壊的なエネルギーの直撃を受けたガーゴイルが一発で損壊し爆散する。
「まず一匹!」
構えた大口径レーザーライフルの側面から、使用済みのマガジンが飛び出し生えて、冷却剤の白煙がたなびく。一発撃つごとにこうなる仕組みで、同時に装填出来るのは五発までであった(カートリッジ型で冷却と再充填を必要とする)。
ひとまず残りは二体だから、十分に足りるはずだ。迎え撃ちの二発目でまたガーゴイルが千切れ飛ぶ。下級の飛行タイプは軽量化やコストの事情もあるのだろうが、装甲防護は大したことはない。たとえビームが距離で威力が減衰したとしても、大口径ライフルなら当たれば難なく撃破できる。製造により手間がかかって貴重な実弾よりも、充電できるエネルギーパック式で十分である。
雨嵐と降り注ぐビームマシンガンの雨は、物陰の遮蔽物を利用して動き回る標的を捉え損なっていた。たとえ一発二発くらい当たったとしても、連射性やエネルギー消費効率と引き換えに、威力は高いとは言えない武器なのだ。
幸いにも三体目は、地上に降りて白兵戦でもやる構え。格闘のための槍を構え、白い翼をプロテクターのように背面から肩を覆って前方に回している。
近距離の上空から乱射されたビームマシンガンは、生身の人間の殲滅には効果絶大でも、特殊甲冑を着けて素早く動き回る相手には有効さが半減する。車両や施設破壊のグレネード弾だって、そうは当たるものではない。
(これで弾が節約できた)
かえって好都合なくらいだった。充電する手間もあるし、何よりも上空で大破させれば資材が手に入らないのだから。
ただ、至近距離からのビームマシンガンの連射はそれなりに脅威ではある。
だから切り札のマグナム小銃を抜き、まず精密射撃で厄介な武器を破壊する。苦し紛れに発射されたグレネード弾をかいくぐり、伸張した斧槍で脚部を斬りつけて転倒させる(俗にハルバートンなどと呼ばれるらしい、槍の側面に小型の斧刃が付いた武器である)。
振り回された槍を弾き飛ばせば、もう武器は残っていないようだった。
「待ってくれ!」
その悲鳴は人間のようだった。
ガーゴイルが顔のガードを上げると、そこには純白に美しい人間の顔が現れる。ただ、その材質はゴムのような樹脂で出来ているようで、天使としてのランクの低さを物語ってもいた。
どうやら下級のオートマタ(自動機械)ではなく、こいつは下級の「天使」だったらしい(他の二体の正体が果たしてどうだったかは知らないが)。頭脳回路の生体部品スペースには、きっと人工神経細胞ではなく、人間の脳細胞が組み込まれているのだろう。
「なあ、あんたも俺らと「同類」なんだろ? 助けてくれよ」
青い騎士の男は黙って斧槍を二回振り下ろし、ガーゴイルのような「下級天使」の人形のような両腕を容赦なく切断する。次いで両足を切断して、もがき回る翼を、ハルバートンを収縮させた手斧で切り落とした。
腹部の装甲を叩き割り引き剥がして、人工臓器や小型の駆動回路や内臓エネルギーパックを問答無用に収奪する。大腿を叩き壊して、人造筋肉繊維を毟り取り、それらの品を取り出した布のバッグに収めていく。金属で出来た間接なども切り取る。
やり慣れているとしか思えない手際の良さだった。
「止めてくれ! おい、止めてくれ! 死んじまう! それでも人間か、人殺し! あ、あんただって「天使」なんだろ! さっきの動きを見てたらわかる、なあやめてくれよ」
口をパクパクさせて、作り物の美しい顔と目玉が動いている。軟性の樹脂で表情を作る機能があるらしかった。電子音声でも悲鳴と命乞いは生々しい。
しかし返事は素っ気ない。
「嫌だね。お前ら自称天使の人工臓器はけっこう人間に需要があるんだ。オートマタの兵隊相手ではこういうのはろくに手に入らないから、全部頂く。感謝するぜ」
オートマタ用の機械部品だけでなく、元は医療用のものから発達した生体部品を使って(往時のレプリカント型オートマタにも多く使われていたそうだ)、普通の生身の人間だった頃の感性を維持しようとする「天使」は少なくない。
「や、止めろよ。冗談だろ? あんただって天使だろ?」
「アホか、天使とか新人類とか頭おかしいんじゃないのか? オートマタと融合で延命して、とっくに死んだ「亡霊」同然の分際で、何を地上でのさばっているんだ?」
冷ややかな、青い騎士は顔面ガードを上げて、琥珀色の仮面のような顔を見せていた。太陽の光の加減で金色に輝くようだった。
表情筋も変化もない作り物の顔だったけれども(口と目しか動かせない)、そこには仏像めいた悟りのアルカイックスマイルが浮かんでいる。
まだ人間だった頃の顔を写したのだろうか、やや東洋的な顔立ち。光と影で、まるで生きた表情でもあるように錯覚させる、芸術品のような「デスマスク」が残酷な冷笑を浮かべていた。
青い亡霊騎士は無線を取り出して味方に連絡する。おそらく通信先は人間のレジスタンスだろう。
「おい、レック。今日はラッキーみたいだ。リーちゃんの手術に使えるマテリアルが手に入った。さっさとずらかろうぜ」
陽光を照り返す、彼の琥珀色のデスマスクは、悟りと慈悲の光のように活き活きと輝いていた。
琥珀のデスマスク
(注)暴力描写注意w
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青と白のクリアな上空に偽りの天使たちが我が物顔で飛びかっている。
さながら翼ある細身のガーゴイルのような下級オートマタたちは、大理石の聖人像のような顔をしていた。その腕に携えているのはハープの楽器ではなく熱線レーザー銃で、見つけ出した人間を殺したり捕獲したりするのだ。
(そうだ、もっと近寄ってこい)
岩陰に隠れた男は、壊れた建築物の残骸が散在する荒野から、頭上の敵の斥候を凝視していた。
この辺りも昔は都市の外郭の一部だったのだろうが、自然の猛威ともいうべき砂嵐で光景が一変してしまっている。破滅した人間世界の屍を慈悲のように土で洗い埋めていく過程の最中なのだ。
(とにかく移動までの時間を稼がないと)
通常なら、必ずしも敵の上空からの偵察兵を撃墜するのは、必ずしも最善手とはいえない。下手に攻撃すればこちらの存在もバレるからで、発見されないかぎりはわざと遣り過ごす選択も考えなければいけない。特に個人でなく小集団やレジスタンスの秘密拠点の場合には、目先の勝ち負けや敵の破壊だけでなく、戦略的な視点から判断しなくてはならないだろう。
ただ、今回の場合には、既にチームの拠点移動が決まって実施中なのだった。移動中の味方を発見されて襲撃や追跡されたら最悪だし(設備と物資の輸送や多くの非戦闘員の集団移動にはリスクが伴いがちだ)、どのみちこの近辺にレジスタンス拠点があることはバレているのである。
今の地球上では、人類はしばしば古代のスキタイ遊牧民のような生活を強いられているのだった。常に「天使」の襲撃リスクがあるために、大規模で安定した農耕や製造業、自然資源の開発などが困難になってしまっていることは、文明衰退の最大の理由なのだろう。歴史的にも戦乱期には生産力の低下から飢饉などが発生しやすいのと同じ理屈で、現在の地球の総人口は十億人を切っているという説がある。
(敵は三体、さっきの暗号通信ではもう一組いるらしいし、今のうちに片付けちまおう)
とっくに移動の第二陣は複数に分かれて出発していて、あとは第三陣の二班が残りの資材を持って引き払うだけ。もうここまでくれば遠慮は必要ないし、ここでドンパチをやるために移動ルートの警戒掃討から戻ってきたようなものなのだ。
男はブルーの甲冑じみた装甲服の肩に台尻を当て、大型のレーザーライフルで狙いをつける。これは敵の陸戦歩兵型オートマタを倒して強奪したのをカスタマイズしたもので、彼にとっては使い勝手の良い代物だった。普通の生身の人間には手に余るかもしれないが、鎧に身を固めた彼には適度な重さでしかない。
特殊セラミックス複合材の水色がかった鎧は西洋騎士の甲冑をベースに日本の武士の鎧を折衷ミックスしたようなデザインだ。両肩に長方形の盾があり、脇の下を守る小さなプレートも付いている。
兜には襟周りの裾とクワガタ飾りがあった。足回りは左右にやや長い防御プレートがぶら下がっていたが、前後は動きやすさを優先してミニスカートのように短く軽い防御板を複数並べている(ちょうど下腹部と腰周りに内股関節部分を守るには足りるだろう)。
「貴様らに「死ね」とは言わん、「破壊する」だけだ!」
どのみちに相手は使役されるオートマタ(自動機械)と、オートマタと融合した自称新人類の似非天使どもでしかない。
第一射撃の赤みがかった光条が晴天の稲妻のように上空へと一直線に駆け上がる。破壊的なエネルギーの直撃を受けたガーゴイルが一発で損壊し爆散する。
「まず一匹!」
構えた大口径レーザーライフルの側面から、使用済みのマガジンが飛び出し生えて、冷却剤の白煙がたなびく。一発撃つごとにこうなる仕組みで、同時に装填出来るのは五発までであった(カートリッジ型で冷却と再充填を必要とする)。
ひとまず残りは二体だから、十分に足りるはずだ。迎え撃ちの二発目でまたガーゴイルが千切れ飛ぶ。下級の飛行タイプは軽量化やコストの事情もあるのだろうが、装甲防護は大したことはない。たとえビームが距離で威力が減衰したとしても、大口径ライフルなら当たれば難なく撃破できる。製造により手間がかかって貴重な実弾よりも、充電できるエネルギーパック式で十分である。
雨嵐と降り注ぐビームマシンガンの雨は、物陰の遮蔽物を利用して動き回る標的を捉え損なっていた。たとえ一発二発くらい当たったとしても、連射性やエネルギー消費効率と引き換えに、威力は高いとは言えない武器なのだ。
幸いにも三体目は、地上に降りて白兵戦でもやる構え。格闘のための槍を構え、白い翼をプロテクターのように背面から肩を覆って前方に回している。
近距離の上空から乱射されたビームマシンガンは、生身の人間の殲滅には効果絶大でも、特殊甲冑を着けて素早く動き回る相手には有効さが半減する。車両や施設破壊のグレネード弾だって、そうは当たるものではない。
(これで弾が節約できた)
かえって好都合なくらいだった。充電する手間もあるし、何よりも上空で大破させれば資材が手に入らないのだから。
ただ、至近距離からのビームマシンガンの連射はそれなりに脅威ではある。
だから切り札のマグナム小銃を抜き、まず精密射撃で厄介な武器を破壊する。苦し紛れに発射されたグレネード弾をかいくぐり、伸張した斧槍で脚部を斬りつけて転倒させる(俗にハルバートンなどと呼ばれるらしい、槍の側面に小型の斧刃が付いた武器である)。
振り回された槍を弾き飛ばせば、もう武器は残っていないようだった。
「待ってくれ!」
その悲鳴は人間のようだった。
ガーゴイルが顔のガードを上げると、そこには純白に美しい人間の顔が現れる。ただ、その材質はゴムのような樹脂で出来ているようで、天使としてのランクの低さを物語ってもいた。
どうやら下級のオートマタ(自動機械)ではなく、こいつは下級の「天使」だったらしい(他の二体の正体が果たしてどうだったかは知らないが)。頭脳回路の生体部品スペースには、きっと人工神経細胞ではなく、人間の脳細胞が組み込まれているのだろう。
「なあ、あんたも俺らと「同類」なんだろ? 助けてくれよ」
青い騎士の男は黙って斧槍を二回振り下ろし、ガーゴイルのような「下級天使」の人形のような両腕を容赦なく切断する。次いで両足を切断して、もがき回る翼を、ハルバートンを収縮させた手斧で切り落とした。
腹部の装甲を叩き割り引き剥がして、人工臓器や小型の駆動回路や内臓エネルギーパックを問答無用に収奪する。大腿を叩き壊して、人造筋肉繊維を毟り取り、それらの品を取り出した布のバッグに収めていく。金属で出来た間接なども切り取る。
やり慣れているとしか思えない手際の良さだった。
「止めてくれ! おい、止めてくれ! 死んじまう! それでも人間か、人殺し! あ、あんただって「天使」なんだろ! さっきの動きを見てたらわかる、なあやめてくれよ」
口をパクパクさせて、作り物の美しい顔と目玉が動いている。軟性の樹脂で表情を作る機能があるらしかった。電子音声でも悲鳴と命乞いは生々しい。
しかし返事は素っ気ない。
「嫌だね。お前ら自称天使の人工臓器はけっこう人間に需要があるんだ。オートマタの兵隊相手ではこういうのはろくに手に入らないから、全部頂く。感謝するぜ」
オートマタ用の機械部品だけでなく、元は医療用のものから発達した生体部品を使って(往時のレプリカント型オートマタにも多く使われていたそうだ)、普通の生身の人間だった頃の感性を維持しようとする「天使」は少なくない。
「や、止めろよ。冗談だろ? あんただって天使だろ?」
「アホか、天使とか新人類とか頭おかしいんじゃないのか? オートマタと融合で延命して、とっくに死んだ「亡霊」同然の分際で、何を地上でのさばっているんだ?」
冷ややかな、青い騎士は顔面ガードを上げて、琥珀色の仮面のような顔を見せていた。太陽の光の加減で金色に輝くようだった。
表情筋も変化もない作り物の顔だったけれども(口と目しか動かせない)、そこには仏像めいた悟りのアルカイックスマイルが浮かんでいる。
まだ人間だった頃の顔を写したのだろうか、やや東洋的な顔立ち。光と影で、まるで生きた表情でもあるように錯覚させる、芸術品のような「デスマスク」が残酷な冷笑を浮かべていた。
青い亡霊騎士は無線を取り出して味方に連絡する。おそらく通信先は人間のレジスタンスだろう。
「おい、レック。今日はラッキーみたいだ。リーちゃんの手術に使えるマテリアルが手に入った。さっさとずらかろうぜ」
陽光を照り返す、彼の琥珀色のデスマスクは、悟りと慈悲の光のように活き活きと輝いていた。