幽霊の国の狼娘/※耽美風ゴシック?中編+短編
3
 抱きしめればモフモフとしたマッチョな生命感。豊かな肌触りの良い毛皮をの奥でタフネスな筋肉と温かな血の流れが伝わってくる。ハアハアとした愛嬌のある息遣いにこたえて、耳元に頬を押しつけてやる。
 三角形の耳をパタと動かして、嬉しそうに喉の奥で唸るのが聞こえ伝わってくる。敷物を巻いてシェラフがわりに寝転んで、こんな戯れのひとときはセックスより幸せなのかもしれない(処女ゆえに余計にそう思うのか?)。
 愛情充足と感覚・官能の歓びはこんな形もあるのだと、わからないから世の男たちはバカなんだろう。本当はみんなわかっていても、特に男は性欲に過剰に踊らされる不憫な生き物である(そのお陰で精力剤が売れて「毎度あり」なわけだが)。

「犬臭い奴め」
「ウゥ?」

 いまやマローは仰向けになり、ピノキアはそのたくましい胸に頭を預ける。さながら犬は「任せとけ」的なグレートな表情で甘えきって、娘は顔面で味わいながら、至福にまどろんでいく。
 もしもコイツが人か、せめて狼男でもあったなら、あるいは真剣に結婚すら考えたかもしれない。こうして愛情を注いでいたら、いつか本当に男になって「恩返し」にでも来るだろうか?馬鹿げた妄想もまどろみの中では真実味を帯びてくるし、さながら本当に最上の恋人にでも抱かれるような幸福に満たされてくる。

「お休み、マロー」

 呟くなり眠りに落ちている。
 そして白銀の鎧の騎士のような毛並みの大きな犬は、ウトウトと浅く眠りながらも一晩中の夜警の見張りを果たすのだった。


4
 てっきり、犬臭い親愛のキスと朝の清々しい日差しで目が覚めるのだと思っていた。
 あいにくに目覚めは夜半だった。
 傍らにマローがおらず、吠えている。
 木立の影の不審な人影と睨み合って牽制や威嚇しているのだった。
 ピノキアは猫のように瞳孔を開いて闇を見つめる。周囲を警戒して様子と状況を見極めようと五感を研ぎ澄ます。
 すぐに(森林エルフ部族のテリトリーに)不法侵入してきたのであろう、鮮魚人の人攫いだと見抜けた。視覚だけでなくて不快で生臭い臭いのせいだろうか。幸いに一人のようだったが、こちらが一人の小娘だと思って襲ってきたらしい。奴らは自分たちの種族の娘にモンキーハウスで売春させるだけでなく、よその種族の女や子供まで拉致していく。

(アルテミス様、ご加護を……)

 月と狩猟の女神に胸中で呟く。
 ピノキアは迷わずにナイフを抜いて、狩りをする猫のように、忠犬騎士マローの加勢に向かう。彼女の氏族はエルフの中でも力が強いことで有名で、ドワーフの血が色濃く混じっているせいだとも言われている。
 男なら「猛犬」、女なら「猫」のようだというのが、彼らの氏族の褒め言葉でもある。猛犬は美と勇敢と忠誠のシンボルであるし、猫は同じサイズなら犬より強い。現に大型の猫である虎などは、自分より大きな熊を狩って餌食にすることすらままあるのだという。

 襲いかかったマローに片足をとられているところへ、二本の投擲ナイフを投げつける。ザクリと刺さって悲鳴が上がったが、容赦などするわけがなかった。
 もし負ければ自分がどういう目に遭うかを考えれば、手加減するなど無理だし慈悲心もない。やるかやられるか、それ以上の憎悪と殺意すら湧いてくるのだった。
 投擲ナイフより二廻りも大きい、出刃包丁のような短剣を抜く。一気に襲いかかってめった刺しだった。ただでさえ鈍感で変に生命力が強いところがある鮮魚人であるし、全てのエルフが彼女の氏族のように喧嘩に強いわけでもない。放置しておけば他の弱い者が犠牲になりかねないのだ。

「死ね! 死んでしまえ!」

 動かなくなるまで刺した。
 くずおれた死体の前で足が震えたのは、興奮と押さえつけた恐怖のせいだったのかもしれない。


5
 それから近くのせせらぎで、返り血を流して、汚れたワンピースを軽くでもすすぐ。それからマローと一緒にキャンプの寝床に戻る。
 鮮魚は先に頭を切り落として、当局に提出するために袋に入れてある。それから足や腹の肉も切り取って、火の周りに置いてあった。これはこれで良い臭いだった。何しろ種族がかけ離れて違う以上、共食いとはまた違って「獲物」でしかない。

「お夜食だね」

 愛犬の騎士マローと、不意の大きな獲物の肉を分け合う。運ぶ手間を考えれば全部を持っていくのは無理だし、一部は食べて、持って行ける分の肉や貴重な内蔵の良い部分だけ切り取っていこう(残りは森の動物たちが始末してくれることだろう)。
 月と狩りの女神アルテミスに感謝の祈りを捧げるピノキアの隣で、マローが唱和するように遠吠えする。
 夜食の後は、横にならず、座ったまま犬を抱き寄せて眠った。
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