【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
「……アナベルは、これからどうなるの……?」
「ジョエルさまの花嫁になる。……籍を入れるのはお前が結婚できる年齢になってからだがな。婚約者ってことになるのだろう」
「……あんなおじさんのお嫁さんになるなんて、いやぁ……」
「……では、あの村は焼かれるな」

 淡々とした口調で、騎士が言葉を紡ぐ。

「お前はな、村を守るために売られたんだ。……恨むなら、その容姿で生まれた自分を恨め」

 ポロポロと、アナベルの目から大粒の涙がこぼれる。

 目元をこすって涙を拭き、睨むように騎士を見た。彼はアナベルを見て、視線をそらし黙り込んでしまった。

 ――突然、ガタンと馬車が揺れた。

「きゃあっ!」
「……っと」

 バランスを崩したアナベルに手を伸ばし、彼女を守るようにひょいと抱き上げた。

「おい、どうした?」

 御者に話しかけたが、返事がない。

 不審に思った騎士が御者の様子を見に馬車から降りると――魔物とにらみ合っている姿が見えた。

「――っ! マジかよ……」

 騎士の背中に汗が流れる。

 こんな田舎道で出会うとは思わなかった。

 いや、むしろ田舎道だからこそ、魔物がいるのだろうか……そう考えていたのはつかの間、魔物は御者と馬をめがけて襲いかかってきた。応戦しようと剣を抜いたが、間に合わなかった。一瞬のうちに御者は血まみれになり、馬は魔物に()われている。

 馬車の中でガタガタと震えることしかできないアナベルは、ぎゅっと目を閉じて耳を両手で塞いだ。

(悪い夢なら、もう覚めて――!)

 彼女の願いも虚しく、魔物たちの(うな)り声、騎士のうめき声、自分の息遣い、すべてがこれは夢ではなく現実なのだと教えていた。
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