【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
 ほんの少し悲しそうにうつむく。質問をした男性は、慌てたように「そ、そうでしたか」と後頭部に手を置いて言葉を紡いだ。

「その、美しい女性なので、陛下と踊ったら絵になるだろうと思い……」
「うふふ、ありがとうございます。舞踏会までカルメ伯爵夫人に教わって、完璧に仕上げてみせますわ」

 カルメ伯爵夫人、と聞いてざわついていた会場が一気に静まり返った。

「か、カルメ伯爵夫人に習っているのですか?」

 おそるおそる……というように女性が(たず)ねる。アナベルがこくりと首を動かすと、どこか同情したかのように(あわれ)みの視線を注がれた。

(――マナーの鬼、らしいもんねぇ……)

 一ヶ月。

 紹介の儀はなるべく早く、とのエルヴィスとダヴィドの要望に応えるため、カルメ伯爵夫人は宮殿に泊まり込み、徹底的にアナベルにマナーを教え込んだ。

 そのあいだにダヴィドがアンリオ侯爵に連絡を取り、アナベルはミシェルの家族と会うことになった。

(ミシェルさんはお父さま似だったのね)

 そのときのことを思い出して、小さく口角を上げる。

 アナベルはカクテルをもう一口飲んで、ゆっくりと息を吐いた。

「みなさま、カルメ伯爵夫人をご存知なのですね」
「……彼女くらい、マナーをしっかりと守っている女性も珍しいくらいだからね」

 どうやら苦手意識があるようだ。

 確かに厳しかったが、イレインへの復讐に燃えているアナベルにとっては、ちょうど良い刺激だった。
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