【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
(ここにいたら、殺されちゃう!)

 馬車から出て逃げようとするアナベル。

 魔物たちはいち早くそれに気付き、彼女に襲いかかろうとした。

 しかし――幸いというべきか、不幸というべきか、足を滑らせたアナベルはそのまま崖から転がり落ちる。

「きゃぁぁアアアっ!」

 落ちる瞬間、アナベルが最後に見た景色は、落ちていく自分を名残惜(なごりお)しそうに見る魔物と、騎士が魔物に腕を噛まれている姿だった――……

「――ッ、ぅ……」

 ――生きている? とアナベルはおそるおそる目を開ける。

 どうやら、自分の身体はかすり傷程度で無事のようだと安堵すると、落ちてきたところを見上げた。

 木の葉がクッションとなり、この程度の傷で済んだようだ。ゆっくりと起き上がり、服の汚れを払う。

「……ここは……どこ……?」

 森の中でたった一人になったアナベルは、ぽつりとつぶやいた。

 彼女の目から大きな涙がこぼれ落ちるが、ごしごしと乱暴に目をこすって、深呼吸を繰り返す。

 村から一歩も外に出たことのないアナベルは、この現状をどうしようかと悩んだ。

(みんなに会いたい……)

 優しい両親に兄と姉。とても幸せな家庭で生まれ育った彼女にとって、家族はとても大切な宝物。

「……村は、どっちかな……」

 きょろきょろと辺りを見渡して、ふと黒い煙に気付いた。

 アナベルはドクンドクンと自分の鼓動が早くなるのを感じた。悪い予感がしたから、ぎゅっと自分の手を握りしめる。

(……行かなきゃ!)

 この悪い予感を確かめなければいけない。

 小さな足で黒い煙のほうへ駆け出す。一生懸命に走って、息を切らしたら歩いて息を整えて、を何回も、何十回も繰り返すうちに黒い煙に近付いていった。

 どのくらい時間がかかったのか、正確な時間はわからない。

 とにかく黒い煙に近付きたくて、道なき道も駆けた。

 そして、目の前に広がった光景に、彼女は息を()んだ――……
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