【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
「なんの用だい? ここはお嬢ちゃんみたいな子が来るところではないよ」
「あなた方に提案がございますの。……宮殿で暮らしてみませんか?」
「はぁっ?」

 アナベルはにっこりと笑う。娼婦たちは「宮殿?」と興味深そうにアナベルの言葉に耳をかたむけていた。

「『黄金のりんごには秘密がある』、と言ったほうよろしいかしら?」

 ぴくり、とオーナーの眉が動く。

「そういうことなら、話を聞こうじゃないか。ついておいで」
「はい」

 パトリックはアナベルとオーナーを交互に見て、ぽかんとしていた。

「行きますわよ、パトリック卿」
「あ、は、はい……」

 アナベルに声をかけられ、パトリックは慌てて彼女のあとを追う。娼館の奥、もっといえば地下室へ続く階段を下りて、広い部屋に案内された。扉を閉めると同時に、オーナーが振り返る。

「――それ、誰から聞いたんだい?」
「もうこの世にいない方から、ですわ。良かった、通じて」

 アナベルはソファに座り、彼女を真っ直ぐに見つめた。

 こちらを警戒するような鋭い眼光を受け、目元を細める。

「で、望みは?」
「娼館から、腕を立つ人物をお借りしたいの。わたくしの護衛として。そうね、美しい方が良いわ。わたくしと並んでも負けないくらいの、ね」
「ずいぶん自分の容姿に自信があるようだ」
「ええ、自信ありますわよ。わたくしの容姿、そしてこの肉体は武器ですもの」

 踊り子としての武器。それはアナベル自身だ。

 しなやかな身体も、誰もが見惚れる顔も、彼女にとってはかけがえのない武器の一つ。

「いったい、なにがしたいんだい?」
「知らないほうが良いと思いますけれど……?」
「知らなきゃ、うちの可愛い子を貸せるわけ、ないだろう」
「愛情深いのですね」

 くすくすと鈴を転がすように笑う彼女に、オーナーは深々とため息を吐いた。
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