【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
 男の手がアナベルに伸びる。彼女は――ふっ、と笑みを浮かべた。

 その笑みに、男の手が止まる。

「なンだァ? 壊れちまったのかァ?」
「……ねぇ、甘いものは、お好き?」

 アナベルの問いに、男は怪訝(けげん)そうに彼女を見た。

 ぶわり、とアナベルから甘い香りが放たれる。

「わたくしは大好きよ。甘いものって、幸せを呼んでくれるから」
「あ……?」

 甘い香りにクラクラと眩暈がしたのか、男の身体が揺れた。

「そう思うでしょう……?」

 扇子を取り出して、甘い香りを男にいくように(あお)いだ。

「でもね、辛いものも好きなの」

 甘い香りが変化して、ツンと尖った香りになっていく。

「ぐ、ぅ……?」
「あなたは、どんなものが好きかしらっ?」

 ドン、と勢いよく体当たりをすると、男は馬車から転げ落ちた。

「アナベルさま!?」

 パトリックの焦ったような声に、アナベルはふわり、とドレスの裾をまくり上げ、太ももに取り付けていたナイフを取り出し、シュッと風を切るように投げる。

 襲撃者には当たらなかったが、威嚇(いかく)くらいにはなったはず。

「わたくしを狙った襲撃のようですわね」
「そんな冷静に言わなくても!」

 アナベルはにっこりと微笑んでみせた。馬車から降りて、伸びている襲撃者の一人である男の股間に足を置く。

「潰しちゃって良いかしら?」

 ハイヒールにぐぐっと体重をかけると、「ヒェェ」と下から情けない声が聞こえた。

「――これはいったい、なんの騒ぎだ!」
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