【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
 あのまま気付かず歩こうとしていたら、動けなかっただろう。

 気丈に振る舞ってはいたが、やはり恐怖心は簡単に(ぬぐ)えるものではなかったようだ。

 エルヴィスに寝室まで運ばれると、そっとベッドの上に優しく座らせられた。

「あ、ありがとうございます……」
「いや、無理をさせてすまない」

 アナベルの隣に座り、そっと彼女の手に自分の手を重ねる。

「……あの人は、どうなりますか?」
「……とりあえず、城の牢屋に移動させる。イレインがどんな反応を見せるかを、この目で確かめよう」

 アナベルは不安そうにエルヴィスを見る。彼がぎゅっと手を握ると、小さくうなずいた。

「……この国の人ではないのに、どうやって王妃サマと出会ったのでしょうか?」
「それは……なんとも言えないな。王妃側の連中が手を回したのかもしない。……任務に失敗して自らの命を絶つ連中だ。本当に、無事でよかった……」

 アナベルの肩にもたれかかるように、エルヴィスが身体を密着させる。

 彼の声が少し掠れていた気がして、アナベルの胸はずきりと痛んだ。

「……やっぱり、強くならなくちゃ……」

 小さくても意志の固い声を紡ぐ。決意を硬くした彼女の瞳は、きらめいていた。

 アナベルの言葉はエルヴィスの耳にも届いていたが、彼はなにも言わずにただ目を閉じている。

 静かな時間が流れる。互いの体温を分け合うように寄り添う二人。

 その静寂を破ったのは、ノックの音だった。

「はい」
「アナベルさま、こちらにエルヴィス陛下はいらっしゃいますか?」

 エルヴィスは目を開けて、扉に視線を移す。彼は名残惜しそうにアナベルから離れた。
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