【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
「……これ、返すわ」
「……いや、ベルが持っていてくれ」

 以前渡されたブローチをエルヴィスに返そうとすると、彼はそれを断った。アナベルが視線で「なぜ?」と問いかけると、彼はすっと彼女の手を取り、手の甲に唇を落とす。

「私の心は、きみのものだ。――愛している、ベル」
「大変ご無沙汰しております。エルヴィス……」

 アナベルはブローチをぎゅっと包み込みように握り、小さくうなずいて微笑みを浮かべた。

「――あなたがあたしの、最愛の人よ……」

 そっと、アナベルの頬にエルヴィスが触れ、二人の距離が縮まり、唇が重なる。

 アナベルは目を閉じて、彼の唇の感触を忘れないように、しっかりと心に刻み込んだ。

「……また会おう、アナベル」
「ええ、またね、エルヴィス陛下」

 アナベルから離れて、エルヴィスは彼女から去っていく。彼女は胸元に手を置いて目を閉じ、息を吐いた。

 ぐいっと目を擦り、空を見上げる。

 ――空の青さが目にしみた。

 アナベルは一度宮殿に戻り、部屋に閉じこもった。

 翌日、荷物をまとめたアナベルは、宮殿の人たちにひどく驚かれた。

「あ、アナベルさま? どちらに向かわれるのですか?」
「村に行くのよ。あれから一度も戻れていないから……ごめんね、もしも次に会うことがあったら、そのときこそ、名前を教えてね」

 自分の荷物なんて、ほとんどない。

 アナベルは旅芸人だったのだから、本当に必要なものを詰め込んで、宮殿を去っていく。
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