【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
「……ありがとう」
「いや。……テントまで送ろう」
「……その前に、着替えるから……」
「それでは、後ろを向いていよう」

 エルヴィスが後ろを向いたことに安堵して息を吐き、髪と身体を魔法で乾かしてから素早く着替えた。彼の上着を羽織って、改めて自分の身体との体格差を感じてびっくりする。

(ぶかぶかだわ……。そういえば、男性に上着を貸してもらうなんてこと、なかったかも……)

「着替えたか?」
「え、あ、はい」

 アナベルの返事にエルヴィスが振り向く。そっと手を差し伸べられ、彼女はその手を取って歩き出す。

 ゆっくりと時間をかけて歩くエルヴィスとアナベルのあいだには会話がなく、ただ、繋いだ手から体温が溶け合うように気がして、彼女は赤くなった頬を隠すようにうつむいた。

 ゆっくり歩いていても、すぐにアナベルのテントについた。彼女はエルヴィスから借りた上着を脱いで、「ありがとうございました」と彼に返す。

 エルヴィスはその上着を持ち、「また明日」と優しい声で言うと、踵を返して去っていった。

 アナベルはその後ろ姿を見送り、テントの中に入る。

 簡易ベッドの上に横たわり、そっと唇をなぞった。
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