【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
 馬車に乗ると誰も口を開かず、ただただ静寂が広がる。

 沈黙が重くて、アナベルはただうつむいた。

 ちらりとエルヴィスと真正面に座っている男性を見ると、パチッと視線が(まじ)わる。

 にこりと微笑まれて、慌てたように視線をそらすアナベルに、彼は面白いものを見たかのように目元を細めた。

 どのくらい時間がかかったのかはわからない。

 だが、沈黙に耐えかねてアナベルが口を開こうとした瞬間、ぴたりと馬車が動きを止めた。

「おっと、ついたみたいだ」

 どうやら玄関前までついたらしい。男性が馬車から降りると、エルヴィスも続く。彼は降りるとすぐに後ろを振り返り、アナベルへ手を差し伸べる。

 その手を取ってアナベルは馬車を降りた。

 降りてから顔を上げたアナベルは、ぽかんと口を開けてしまう。

(いろいろな貴族の屋敷にも招かれたことがあるけれど、こんなに豪華なお屋敷は初めて見たわ)

 今まで旅芸人の一座を招き、芸を披露(ひろう)してほしいと貴族に頼まれたこともあった。

 そのときだって、かなり驚いたのだ。貴族の屋敷はこれほどまでに広いのか、と。

 しかし、今まで見てきたどの屋敷よりも、豪華な屋敷を見て言葉を失ってしまった。

 外から見ただけでも、貴族の中の貴族……の屋敷だとわかる。

「さぁ、中に入って」

 ギィ、と重い音を立てて扉が開いた。

 執事服を着ている人がエルヴィスを見て、すっと頭を下げる。

「いつもの部屋に通してくれ」
「かしこまりました。こちらへどうぞ」

 アナベルはエルヴィスを見上げると、彼はぽん、とアナベルの背中を叩いて中に入るようにうながした。

 彼女はごくりと喉を鳴らして、おそるおそる一歩を踏み出す。
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