【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
「いつもは野宿か安いところだものね」
「そうよぉ。ご飯だって、あーんなにたっくさん! おいしくて頬が落ちるかと思ったわぁ」

 アナベルの目が丸くなった。そして、あははっ! と笑い出す。

「あらぁ、食は大事よぉ? 明日も食べられるなんて、贅沢で幸せだわぁ」

 額をくっつけたまま楽しそうに笑うアドリーヌ、アナベルは再び「ありがとう」と小さく伝えた。

 聞こえていても、いなくてもいい。

(――あなたたちがいたから、あたしはあたしでいられた)

 ミシェルが亡くなったときも、大声で泣くアナベルを慰めてくれた。

 自分たちだって悲しかったはずだ。無念だったはずだ。

 だが、彼らはアナベルの感情を優先して、寄り添ってくれた。そのことを思い出し、アナベルの心にぽっと温かな火が(とも)る。

「……ねぇ、アナベル。抱きしめてもいいかしら?」
「え? ええ、いいけれど……」

 ぱぁっと満開の笑みを浮かべるアドリーヌ。頬から手を離して、代わりにぎゅっと抱きしめる。

 アナベルも抱きしめ返した。

「……あのねぇ、アナベル。ミシェルが昔、言っていたのよ。あなたはきっと、なにかを決意しているんだって。その決意があなたを苦しめるかもしれないって。……だから、ね。そのときは……ちゃあんと人を頼らなきゃダメよ?」
「……うん」

 アドリーヌの声はどこまでも優しかった。まるで、甘い綿菓子のように思えて、アナベルは目を伏せてうなずく。

 心配してくれる人がいる。そのことがなぜ……こんなにも心強いのだろう。
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