【完結】寵姫と氷の陛下の秘め事。
 ――しかし、その平和は数ケ月しかもたなかった。

 突然、村に貴族が訪れたのだ。騎士を何人も連れて。

「あ、あの、申し訳ございませんが、どちらさまでしょうか……?」

 村は騒然としていた。貴族や騎士がこの村に訪れることなどなかったので、村長は困惑の表情を浮かべている。

 貴族と騎士は、アナベルを探しているようで、村長とともに自宅に押し寄せてきた。

 母がアナベルを隠すようにぎゅっと抱きしめ、父がそんな二人の前に立ち、貴族に(たず)ねる。

「この方は、この地方の領主、ジョエルさまだ。ここに『アナベル』という少女がいると聞いて、わざわざ足を運んだのだ」

 騎士の一人が一歩前に出て、自分の主人であるジョエルへと手を向けてから説明した。

「……確かに、アナベルは私たちの娘ですが……なぜ、領主さまが……?」
「なに、とあるお方(・・・・・)から、ここに大層美しい少女がいると教えてもらってな。どんな少女なのか見にきたのだ。さぁて、そこに隠れているのがアナベルか?」

 でっぶりとした体型の貴族、ジョエルが自慢の髭を撫でながら、にやにやと視線を彼女に注ぐ。

 アナベルはただただ、『怖い』という感情に支配されていた。

 ジョエルがすっと右手を上げると、騎士の一人が母から彼女を引き離す。

「きゃぁあっ」
「アナベル!」
「おお、声も愛らしいじゃないか。どれ、よーく顔を見せてごらん」

 ずいっとジョエルの前に連れ出されたアナベルは、騎士に拘束されたままだ。
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