桜花彩麗伝
「まさか、偶然だよ。きみたちと夢幻に面識があったことも知らなかったし」
「そうだったの」
「光祥とは最近知り合ったばかりですが、その情報網には驚かされます。同時に助けられてもいますが」
ふっと夢幻が表情を和らげると、その白銀の長髪が揺れる。
浮世離れした美しさを兼ね備える彼の雪のような肌は、透き通っていまにも消えてしまいそうだ。
「え……。ってことは夢幻、町へ出たの?」
驚いたように目を見張る春蘭に光祥は首を傾げる。
「どうしてそんなに驚くんだい?」
そういえば、と紫苑もいまさらながら不思議に思った。
夢幻は堂にこもりきりで、いつも春蘭が直接出向くか人を遣わして生活を保全している。
かれこれ数年に渡るが、なぜなのだろう?
「あ、その……夢幻は身体が弱くて、あまり外へ出られないの」
どこか誤魔化すような慌てた口調で答えると、春蘭は話題を転換させる。
「ところで、ふたりは何の話をしてたの?」
空いた椅子に腰を下ろして尋ねると、光祥が眉を寄せた。
「近頃、市場で薬材の値が不自然な変動を見せてるって話」
「薬材?」
「そうです。光祥いわく、何やら作為的なものを感じるそうで」
「ああ、施療院や施薬院だけじゃなく薬房でも薬材の仕入れが困難になってるって話を聞いてさ」
施療院は庶民の医療施設であり、施薬院は貧困層に薬材や食事の提供などを行っている部署である。
どちらも民にとっては欠かせない場であるが、常に資金不足であった。
国からの援助も、優先順位が低いためにあまり期待できない。
だが、今回はそういう話ではなかった。
「流通量の少ない薬材はともかく、市場によく出回ってる薬材でさえ価格は上昇傾向にある。原因のよく分からない、妙な変動だ」
「それは確かに不穏ね。このまま高騰していくのかしら……」
「光祥殿の言う通り、誰かが意図的に値を操作しているのかも」