桜花彩麗伝
     ◇



 辰の刻(午前八時頃)になると、錦衣衛の兵たちが院長を尋問場へ連行してきた。そのまま乱暴に(ひざまず)かせる。

 茣蓙(ござ)が敷かれているとはいえ、石畳の地面に打ちつけられた膝が鈍く痛んだ。

 捕縛された上ぞんざいな扱いを受ける羽目になっているのは、証人である以前に不正授受の実行犯だからだろう。

「この……っ! もう少し丁重(ていちょう)に────」

 思わず文句を言いかけたとき、咎めるような厳しい咳払いが聞こえてきた。
 はっとして顔を上げる。正面の石階段を仰いだ。

「!」

 椅子に腰かける男と、その脇に立っている荘厳(そうごん)な雰囲気の男。咳払いの主は後者だろう。
 せいぜい五十代くらいだろうが、威厳が別格である。

「王の御前(ごぜん)だ。()が高い」

 低く唸るような声で(たしな)められる。
 院長は反射的に(こうべ)を垂れるが、その言葉に遅れて眉を寄せた。

(王の御前?)

 容燕の隣で座っているのは王なのだろうか。これほどに若く、覇気に欠ける男が王?

 雰囲気のみで言えば、容燕の方が王だと言われてもよほど納得がいく。
 いかめしくおごそかな佇まいには、見ているだけでいすくまるほどの迫力がある。

 そんなことを思いながらも、不敬罪にまで問われたくなかった院長は、額を地面に擦りつけるほどに深くひれ伏した。

「────主上」

 容燕が王を見下ろし、尋問の開始を促す。

「…………」

 煌凌は暗い表情のまま小さく頷いた。それ以外に選択肢などなかった。

「尋問を始めろ」

 そばに立っていた兵のひとりがそう合図すると、院長は再び錦衣衛の面々に両腕を掴まれ自由を奪われる。

 彼が喚く前に、刑部に属する官吏が歩み出てきた。刑部は六部(りくぶ)のひとつであり、司法と警察を(つかさど)っている。

「────そなたは施療院の(おさ)でありながらその職務を軽んじ、薬材の不正授受を行っていた。これを認めるか?」

「……!」

 院長は一度、口端を結ぶ。

 その言葉は紛れもない事実である。しかし、認めれば罰を受けるのは明白だ。

 否定して濡れ衣だと叫べば、あるいは助かる可能性があるのではないだろうか。
 そんな狡猾(こうかつ)な考えが頭をよぎった。

「わたしは……っ」

 口を開いた瞬間、こつ、と膝に何かが当たった。視線で辿ると小さな石が転がっている。

(……何だ?)

 誰かが蹴飛ばしたのだろう。院長は眉をひそめ、訝しげにあたりを見回した。

「!」
< 101 / 432 >

この作品をシェア

pagetop