桜花彩麗伝
薬材の不正授受、それによる品薄と高騰、触れ文や民への扇動……その“すべて”をこの男ひとりに背負わせることで、航季の免責を目論んでいるのだ。
当然、相対的に悠景らの冤罪も証明されるわけだが、そちらの目的については一旦諦める判断をしたらしい。
ふたりを解放する代わりに航季の罪を見逃せ、と暗に取り引きを持ちかけてきているわけだ。
「この男は責任を持ってわたしが処刑いたしますゆえ、ご安心を」
はじめから用意していた台詞なのだろう。落ち着き払った声色にはわざとらしささえ滲んでいる。
そう言うや否や、容燕はそばに控える兵の佩している剣を抜き、思い切り振りかぶった。
白刃が蝋燭の灯りを鈍く弾く。
「……!?」
男ははっと息をのんだ。刃の捉えている先を悟ると、底冷えするような寒気が全身を這う。
「そ、そんな……っ」
震えおののきながら慌てて首を左右に振った。動くたび鎖が甲高い音を立てる。
「お助けを! 容燕さま、約束がちが────」
ザシュッ……鮮血が翻って舞う。
鋭い刃が一瞬のうちに男の首を刎ねた。
「……っ」
煌凌は思わず目を瞑り、咄嗟に顔を背ける。
不意に訪れた静寂の中、ぽたりぽたりと剣先から滴る血の音が響いていた。
カラン、と剣を放った容燕は甘心したようにひとり高笑いする。
「これで万事解決。お喜び申し上げますぞ、主上」
……そろりと恐る恐る目を開けると、眼前に広がっていた惨たらしい光景に足がすくんだ。
いつの間にか、床に広がる血の海に両足が浸かっている。金糸の刺繍が施された沓がじわじわと赤く染まっていく。
思わず後ずされば、転がった生首と目が合った。
「……う、っ」
無念と言わんばかりの苦悶に満ちた表情で男は息絶えていた。重く、深く突き刺さる。
血溜まりから彼の手が伸びてくる幻を見た煌凌は、縫いつけられたように動けなくなる。身体が強張って息が苦しい。
「へ、陛下……。お召しものを替えに参りましょう」
控えていた清羽が声を震わせながらも毅然と進言した。この場で王を守れるのは自分しかいない。
彼の言葉で煌凌の金縛りが解け、無意識に止まっていた呼吸が再開する。
声はからからに渇いた喉に張りついてしまい、言葉こそ出なかったが何とか頷いた。
地下牢から這い上がる。
血の海から、斬られた男の目から、容燕の笑い声から、必死で逃げるように。
「……っ」
外の空気を思いきり吸い込む。少しでも肺の中の淀んだ空気を追い出したかった。
ふらふらとおぼつかない足取りになりながら、煌凌は何とか歩を進めていく。
踏み出すごとに足が地面に沈んでいくような錯覚を覚え、結局大して進むこともできずに立ち止まることを余儀なくされた。
「だ、大丈夫ですか? 陛下……」