桜花彩麗伝
声を潜めて告げられた言葉にはっと瞠目した。どきりとする。
「そ、それで、そなたは何と……?」
「ひとまず同僚のふりをしておきましたが、どうなってるんですか?」
莞永が機転を利かせ、話を合わせてくれて助かった。ほっと息をつく。
適当についた嘘が危うく仇となるところだった。
「……このまま春蘭には内緒で、同僚ということにしておいてくれぬか」
彼女にまで失望されたくない、と咄嗟に思った。
正体を偽っているとはいえ、王である以前にひとりの人間として接してくれた稀な人物である。
純真でまっすぐな眼差しが眩しかった。名を呼んでくれたのが嬉しかった。
いつか壊れる夢だとしても、そのときまでは心地よい時間を享受していたい。
煌凌のそんな唯一のわがままを、莞永は理由を尋ねることもなく聞き入れたのだった。
◇
錦衣衛の地下牢へ赴いた容燕は淡々と階段を下り、薄暗い空間を臆せず進んでいく。
最奥の牢の前で足を止めると、格子の向こう側を見下ろした。
「────出よ、航季」
解錠された檻からおずおずと這い出た航季は、慎重に父の顔色を窺う。
拘留されていた疲弊も不快感も忘れ、肌を刺すような緊張感を覚えた。
「感謝します、父上……」
結果としては、曲がりなりにも何とか証人や証拠を消すことに成功した。
とはいえ、手こずった上に危うく鳳家の娘の術中に陥るところだった。
そのことを責められるのではないかと身構えたものの、容燕からは怒気を感じられない。
「も、申し訳ありませんでした」
試されているのかもしれない、と逆に恐ろしくなった航季は、何ごとか言われる前に先んじて頭を下げた。
「何を謝る。当初の計画は破綻したが、ただすべてが白紙に戻ったに過ぎん。無論、鳳家にも利はない。何よりであろう?」
したり顔に笑みを浮かべ、いつものように髭を撫でる。
饒舌なところを見ると、どうやら本当に機嫌は悪くないようだ。
「よいか、謝家などという小物はもはや相手にするまでもない。こたびのことで気勢を削ぐには十分だっただろうからな」
「…………」
「次なる一手は────妃選びだ」
航季は父の双眸に滾る野心を覗いたような気がした。
「帆珠を王妃の座に据える」