桜花彩麗伝

 航季の脳裏(のうり)に妹の姿が浮かんだ。彼女であればこの話を大層喜ぶことだろう。

 娘ということもあり、幼少期から蝶よ花よと育てられてきた帆珠はわがままな気性で、容燕に似て強欲な節があった。

 自分の思い通りにならなければ機嫌を損ねるし、欲しいものは何でも手に入れないと気が済まない。

 そんな性分を考えるに、王妃という至高(しこう)の座や後宮での煌びやかな生活に憧憬(しょうけい)を抱いているはずだ。

(だが……)

 航季は鳳家の姫に思いを()せる。
 妃選びが始まれば、恐らくはかの娘が妹にとって唯一の敵となるだろう。
 他家の娘などもとより取るに足りず、脅威にもならない。

 鳳蕭両家の確執(かくしつ)を抜きに客観的に判断しても、家柄は無論、容姿も素養(そよう)も並外れて(ひい)でていると聞く。

『お嬢さまが……謝大将軍たちを助けるべく動いてくれてて』

 何より、恐れることなく蕭家を相手取る度胸。
 大胆不敵な行動も正義感も、直接相(まみ)えていない航季でさえ動揺させられた。

「…………」

 果たして一筋縄で事が運ぶだろうか。
 波乱が待ち受けているような予感が渦巻き、硬い表情のまま口を(つぐ)む。

「心配はいらぬ、妃選びなど形だけ……。もはや帆珠は王妃に内定していると言えよう」

 確かに気弱な王は黙って容燕の意に従うしかないであろうし、朝廷の(おみ)たちも蕭派で固めている。
 さらには後宮の(おさ)である太后をも抱き込んだいま、こちらが有利なのは間違いない。

「……だと、いいのですが」

 それでも胸騒ぎを無視できず、航季はつい曖昧な答えを返した。



     ◇



「久々の太陽は目に染みるぜ」

 放免された悠景は噛み締めるように言う。
 拘束を解かれ、朔弦とともに地上へ上がったところだった。

 空を仰ぎ、思わず目を細める。こんなにも眩しかっただろうか。
 囚われていたのはわずかな間だったはずだが、妙に懐かしい感じがした。

「……結局、侍中に(もてあそ)ばれただけだったな」

 左羽林軍へと向かう道中、悠景はうんざりしたように呟く。
 生傷から滲み出た血が薄汚れた衣に染みていく様を眺め、ため息をついた。

「……ったく。捕まり損だ」

 理不尽な処遇を振り返れば、文句を垂れたくなる気持ちは朔弦にもよく理解できる。
 とはいえ過ぎたことだ。ふと頬から力を抜いた。

「……鳳家の姫君に感謝しなければ」
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