桜花彩麗伝

 容姿云々(うんぬん)ではなく、その存在や煌凌に与える影響そのものが、何度も九年前を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 彼女の隣は居心地がいい。息が詰まらない。
 塞ぎ込んで見えなくなっていた世界を明るく見せてくれる。

「……そなたに会えて、話せてよかった。夜も“大切”も、恐れないことにする」

「煌凌……」

「そなたは特別だ、春蘭。ありがとう」

 さらりと穏やかな春風に頬を撫でられ、くすぐったいような気持ちになった。

 向けられた笑みからは影が消えている。まっすぐな言葉が胸に落ちた。
 花びらのように降り落ちたそれは、軽やかながら重厚さを感じさせる響きだ。

 春蘭が晴れやかな笑顔を返すと、またひとつ花びらが降り積もった。



     ◇



 昼下がり、蕭邸で休んでいた航季は帆珠の部屋を(おとな)う。

 本来であれば宮殿に出仕している時間帯だが、投獄されていたことで心身が耗弱(こうじゃく)しているとして、数日間の自宅療養が許可されていた。

 それでなくとも航季は割と職責(しょくせき)を軽んずる傾向にあり、時間帯によらず好き勝手に宮外へ出かけたり帰宅したりしている。

「帆珠、少しいいか?」

 扉の向こうへ声をかけた。

「……お兄さま? いいわよ」

 間を置かずして返答が返ってくる。いつもと変わらず、自信に満ちた高飛車(たかびしゃ)な妹の声色だ。

 部屋へ踏み込むと、長椅子に腰を下ろした帆珠が侍女に足を揉ませているところだった。

「……帆珠」

 さすがに(たしな)めるようにその名を呼ぶ。
 いくら兄妹とはいえ、人前で足を晒すなどはしたないにもほどがある。名門蕭家の令嬢ともあろう者が。

「はいはい」

 帆珠は渋々ながら衣の裾をを下ろした。気だるげに座り直し、侍女を下がらせる。

「何か用? わたし、いま忙しいのよ」

「忙しい?」

「ええ、妃選びに備えて色々準備しなきゃ」

 どうやら父から話があったらしい。
 言われて部屋を見渡せば、円卓の上に様々な書物(しょもつ)の山があった。一応は勉学に励んでいるようだ。

 隅に置かれた衣紋(えもん)かけには、早くも入宮(にゅうきゅう)用の衣装がかけられている。
 華やかな調度(ちょうど)の揃えられた部屋がいっそう豪華に感じられた。
< 130 / 435 >

この作品をシェア

pagetop