桜花彩麗伝
◇
夢幻を堂まで送り届けたあと、帰宅した春蘭は紫苑とともに鳳邸の門を潜った。
花の咲き誇る庭院を通り抜け、自室のある側へと回る。
「おー、おかえり」
套廊端の欄干に頬杖をついていた櫂秦が、気だるげな笑みとともにひらひらと手を振って出迎えた。
「ただいま。ずっとそこで待ってたの?」
「まぁな、部屋籠ってるのも暇だから風に当たってた」
緩慢としながらも滑るようになめらかな所作で立ち上がり、軽やかに庭院へと飛び降りる。
「な……」
怪我人であることを忘れるほどの身軽さだ。唖然とした。
動作が緩やかなのは鈍いのではなく、大雑把ながら悠々としているという彼の性質なのだろう。
「……何してる、このばか。もっと自分を労われ! いまの衝撃で傷が開いたらどうするんだ」
「そうよ、安静にしてなきゃ!」
「大丈夫だって。痛くも痒くもねぇし」
思わぬ行動に慌てるふたりとは打って変わって、櫂秦はけろりと言ってのけた。実にあっけらかんとしている。
想像以上に超人じみた生命力と気力の持ち主なのかもしれない。
さらに言を続けられる前に、櫂秦はふたりに歩み寄った。真面目くさった顔で口を開く。
「それより、ちょっといいか? ……おまえらに話がある」
鏡面のような池がさざめく。
あたたかい日和が続いたからか、白や桃色の睡蓮が可憐に咲き漂っていた。
庭院からは白塗りの橋が伸び、池亭へと渡ることができるようになっている。
舟のように浮かんでいるその東屋へ踏み入ると、三人は陶製の円卓を囲んだ。
────そよ、と梁から垂れる紗の帳が風に揺れる。花香を運ぶたおやかな風であった。
まさしく絶佳の景が広がっているが、櫂秦にはそれを楽しんでいる心の余裕はなかった。
出された茶に手をつけることも忘れ、険しいほど真剣な表情をたたえる。
「話って……?」
「柊州のことだ」
端的に答え、眉根を寄せた。
「実はいま、ある集団が柊州全体を支配してる。州民に年貢を納めさせたり、気に食わなければ懲罰とか言って暴力を振るったり……もう、無法地帯だ。州府は見て見ぬふりで、州牧もさっさと逃げ出した」
夢幻を堂まで送り届けたあと、帰宅した春蘭は紫苑とともに鳳邸の門を潜った。
花の咲き誇る庭院を通り抜け、自室のある側へと回る。
「おー、おかえり」
套廊端の欄干に頬杖をついていた櫂秦が、気だるげな笑みとともにひらひらと手を振って出迎えた。
「ただいま。ずっとそこで待ってたの?」
「まぁな、部屋籠ってるのも暇だから風に当たってた」
緩慢としながらも滑るようになめらかな所作で立ち上がり、軽やかに庭院へと飛び降りる。
「な……」
怪我人であることを忘れるほどの身軽さだ。唖然とした。
動作が緩やかなのは鈍いのではなく、大雑把ながら悠々としているという彼の性質なのだろう。
「……何してる、このばか。もっと自分を労われ! いまの衝撃で傷が開いたらどうするんだ」
「そうよ、安静にしてなきゃ!」
「大丈夫だって。痛くも痒くもねぇし」
思わぬ行動に慌てるふたりとは打って変わって、櫂秦はけろりと言ってのけた。実にあっけらかんとしている。
想像以上に超人じみた生命力と気力の持ち主なのかもしれない。
さらに言を続けられる前に、櫂秦はふたりに歩み寄った。真面目くさった顔で口を開く。
「それより、ちょっといいか? ……おまえらに話がある」
鏡面のような池がさざめく。
あたたかい日和が続いたからか、白や桃色の睡蓮が可憐に咲き漂っていた。
庭院からは白塗りの橋が伸び、池亭へと渡ることができるようになっている。
舟のように浮かんでいるその東屋へ踏み入ると、三人は陶製の円卓を囲んだ。
────そよ、と梁から垂れる紗の帳が風に揺れる。花香を運ぶたおやかな風であった。
まさしく絶佳の景が広がっているが、櫂秦にはそれを楽しんでいる心の余裕はなかった。
出された茶に手をつけることも忘れ、険しいほど真剣な表情をたたえる。
「話って……?」
「柊州のことだ」
端的に答え、眉根を寄せた。
「実はいま、ある集団が柊州全体を支配してる。州民に年貢を納めさせたり、気に食わなければ懲罰とか言って暴力を振るったり……もう、無法地帯だ。州府は見て見ぬふりで、州牧もさっさと逃げ出した」