桜花彩麗伝

 春蘭は思わず息をのむ。想像以上の実態だった。

「ある集団って……まさか、紅蓮教のこと?」

「ああ」

 その横暴ぶりは明らかに度を越している。百馨湯の独占以上に根深い問題だ。

「州牧はいま不在ということか?」

「そうだ、保身に走った腰抜けなんだよ。……俺も人のこと言えねぇけどな」

 柊州の政務を(つかさど)る州府の長官は、事が大きくなる前に疫病(えきびょう)からも紅蓮教からもさっさと逃げ出した。

 櫂秦もまた商団を守り抜くことを早々に諦め、逃げることを選択した。事情がどうあれその点は州牧と変わらない。

「俺が柊州を出たとき、疫病は州都の冴玲(これい)まで広がってた。このままじゃ桜州にも流れ込んできて都もやべぇことになる」

「だが、特効薬は紅蓮教が独占しているんだろう。おまえも切らしてると言っていたよな」

「……悪ぃ、あれは嘘だ。本当は疫病が流行りだした頃から確保してる」

「えっ? どういうこと?」

「おまえらを信用してなかったわけじゃねぇけど、下手なこと言ってあいつらに嗅ぎつけられたら面倒だからさ」

 櫂秦は肩をすくめる。一方で春蘭は身を乗り出した。

「どうしてあるのに売らないの?」

「……出し惜しんでるわけじゃねぇよ。売りたくても売れなくなったんだ」

「値上がって買い手がつかないのか?」

「いや、高騰が問題じゃない。ほかの品もそうだから。……結論から言うと、柊州で商売ができなくなった」

 ぐ、と強く拳を握り締めた櫂秦は重たげに続ける。

「奴らの支配は(あきな)いにまで及んだんだ。ほとんどの商団が制圧されて、思うように活動できなくなった」

「そんな……」

「まず商売するためには奴らに高額な手付金(てつけきん)払わなきゃなんねぇし、利益が出たらその半分を納めろって」

「何それ……。めちゃくちゃじゃない」

「だろ? しかも仕入先も向こうが指定してて、粗悪(そあく)な品ばっかになった。なのにばかみてぇに高い」

 平たく言えば、それが雪花商団が柊州から撤退した理由だった。
 “色々”が示す全容である。

 無理もない話だ。商団側の儲けなどないに等しい。
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