桜花彩麗伝
紫苑の一礼を受け鳳邸をあとにした朔弦は、輝く砂を撒いたような星空を仰ぐ。
これまで謝家としては、鳳蕭両家の争いにはあくまで中立を保ってきた。
肩入れしていた太后がどちらを支持しようとも、完全に追従するつもりなどなかった。
支持も対立も、どう転んでも矢面に立つ太后のことを盾にできた。
しかし、今回はわけがちがう。
太后という風除けを失った朔弦自身に、王は“蕭家との対立”という協力を求めてきたのだ。
その手を取れば言い逃れはできず、命まで賭けることになるであろう。
(……だが)
春蘭に、鳳家に、肩入れするには決め手に欠ける。
確かに恩はあるが、それだけで判断しては己の身を滅ぼしかねない。
現に春蘭には不審な点があるだけでなく、そもそも気概や意欲が弱い。王妃になることの意味を真に理解していない。
いまの鳳家と手を携えたところで、蕭家を叩きのめすなど望み薄だろう。いたずらに容燕から目をつけられるのみである。
彼の中で答えは出た。熟考したところで、やはり覆らなかった。
「……莞永」
「はい。何でしょう?」
「明日、陛下に謁見の申し入れを」
◇
客間へ踏み込んだ芙蓉に茶器の片付けを任せ、春蘭は庭院へ出た。
その瞬間、上から声が降ってくる。
「意外と綺麗な顔してんじゃん、シャサクゲンって。何かビビってたから、どんな強面の野郎かと思ったら」
「わっ、びっくりした。……まさかずっとそこにいたの?」
目を見張って屋根を仰ぐと、ぶらぶらと足を投げ出している櫂秦の姿があった。
「まぁな、さっきは隠れてたけど。お陰でおまえらの話もたまたま聞こえちまったなー」
「盗み聞きしてたのね。まったく……」
呆れたように息をつくと、すた、と目の前に彼自身が降ってきた。易々と着地してみせ、てのひらの砂埃を払っている。
怪我をものともせず、痛がる素振りすらない。春蘭はまたも呆気にとられてしまう。
「あ……あなたね────」
「お、紫苑」
驚いたり咎めたりする前に櫂秦が歩み出た。門の方から戻ってくる紫苑の姿を認める。
優美な微笑を向けられ、春蘭は何となく気をはぐらかされた。
「お出迎えとお見送りご苦労さま。ありがとう」
「とんでもございません。……そうだ、お嬢さま。おふたりから手土産をいただきましたよ」
「そうなの? お礼言いそびれちゃった。また会えるといいけど……」
「────なあ」
何気ない会話が繰り広げられる中、櫂秦は割って入る。訝しむような表情をたたえていた。