桜花彩麗伝
視線を伏せたまま朔弦が静かに言う。
容燕の眉がぴくりと動いた。
「どういうことだ」
代わりに航季が苛立ち混じりに尋ねる。
一方の朔弦は少しも表情を変えることなく、その感情を決して外に漏らさない。
臆せず顔を上げ、容燕を見据える。
「手を組みませんか」
その言葉に航季は再び目を見張りつつ、窺うように父の方を向く。
容燕は厳しい表情を崩していないが、朔弦の言葉を吟味しているようで、すぐに切って捨てることはなかった。
手を組む────。
その目的は、鳳家征伐にほかならないだろう。
確かに太后と手を組めば、近々行われるであろう妃選びも容燕の思い通りに進めることが可能となる。
欲にまみれた使い道のない女狐だと思っていたが、どうやら話が変わりそうだった。
また、太后が蕭家側につけば、容燕ですら介入できない後宮をも掌握することができる。
鳳家に対し有利に出られるため、実質的に容燕の天下となるのではないだろうか。
……悪い話ではない。
容燕は髭を撫でる。
太后が邪魔になったら、娘を王妃の座に就けたあとで始末すればいい。
娘が王妃となれば、太后を介さずとも後宮を支配下に置くことができるのだから。
(とはいえ……)
懸念は残ったままだ。
このふたりと太后が先に鳳家と手を組んでおり、容燕を嵌めようとしている可能性がある。
そうならば、最後に笑うのは容燕ではなく鳳家だ。あの憎き元明である。
やはり、全面的に信用することはできない。
英明で冷静な朔弦はひたすら爪を隠しているようだが、悠景の態度がどうにも引っかかっていた。
彼は甥と違って感情の表出が激しい。
いまも立てた膝の上の拳に力が込もり、色が変わっているのが見える。
「…………」
肌の擦り切れるほどの緊張感が漂う中、悠景は意を決したように顔を上げた。
容燕への服従という屈辱は割り切るほかない、と己の中で折り合いをつけた。
「この先は互いの信頼が不可欠です! 我々を信じられなければいまここで殺してください」
はっきりとそう言ってのける。
その眼差しは決して揺らがない。
あくまでも容燕の懐疑と不信を察して拭い去ろうとしているわけではない、というのが悠景であった。
ここで斬られるのなら、そこまでの命だったというだけのことだ。
朔弦は黙ったまま容燕の判断を待っていた。