桜花彩麗伝
◇
「陛下、謝将軍がおいでです」
翌朝、蒼龍殿へ参殿した朔弦の一挙手一投足を、煌凌はじっと注意深く目で追った。彼が中央を進み、几案の前で立ち止まるまで。
「そ、それで……その、例の件は?」
目に見えて明らかなほどそわそわとした様子である。
期待と不安の混在する眼差しを受けるが、朔弦が情に絆されることはなかった。
「……恐れながら、お引き受けできません」
「…………え?」
「陛下の味方にはなれません」
予想と反する答えだった。しかも二段構え。一瞬何を言われたのか分からず、王はぽかんとした。
何だかんだで首を縦に振ってくれるだろうと高を括っていただけに、追い討ちをかけるような拒絶に愕然としてしまう。
「な、何ゆえだ……!?」
ややあって我を取り戻すと、半ば駄々をこねるかのように言った。
それでも、やはり朔弦は一切表情を変えない。
「あの者は信用に値しません」
銀髪の男の存在と彼への既視感が引っかかっていた。
春蘭が頑固にも隠し通そうとしたからこそ、余計に不審な思いが増す羽目になった。
しかし王の前でそうと口にしなかったのは、せめてもの恩義に報いたためである。
「だが……そなたや悠景を救ったのはほかでもない春蘭であろう。それでも信じられぬと言うのか?」
「…………」
朔弦は一旦、口を噤んだ。
実際のところ、心象に関わらず有用な“駒”となりうるのは彼女以外にいない。それは紛れもない事実だった。
他家の令嬢ではそもそも蕭家と家格が釣り合わない。
王妃に据えるというのであれば、鳳家直系長姫である春蘭でなければならないのである。
(……むしろ、都合がいいのかもしれない)
冷静に思い直した。
彼女にこだわる理由がどうであれ、王に固い意志があるのなら。
妥協するつもりがないと言うのであれば、彼は案外見かけによらず骨のある男なのかもしれなかった。
一国の王として、奸臣を根絶させるべくそのくらいの気概は見せてもらわなければ。
それは春蘭とて例外ではない。
「………………」
────これまでは慎重に慎重を重ね、安全な道を着実に選び抜いてきた。すべては謝家のために。
しかし、その結果が“あれ”だったとしたら。
石橋を叩いて渡るやり方が正しい、とは言いきれなくなった。
投げやりになるわけではないが、時には悠景のような大胆さが必要なのかもしれない。
ややあって、朔弦は長い沈黙を破る。
「……ならば、本人に示していただきます」
「陛下、謝将軍がおいでです」
翌朝、蒼龍殿へ参殿した朔弦の一挙手一投足を、煌凌はじっと注意深く目で追った。彼が中央を進み、几案の前で立ち止まるまで。
「そ、それで……その、例の件は?」
目に見えて明らかなほどそわそわとした様子である。
期待と不安の混在する眼差しを受けるが、朔弦が情に絆されることはなかった。
「……恐れながら、お引き受けできません」
「…………え?」
「陛下の味方にはなれません」
予想と反する答えだった。しかも二段構え。一瞬何を言われたのか分からず、王はぽかんとした。
何だかんだで首を縦に振ってくれるだろうと高を括っていただけに、追い討ちをかけるような拒絶に愕然としてしまう。
「な、何ゆえだ……!?」
ややあって我を取り戻すと、半ば駄々をこねるかのように言った。
それでも、やはり朔弦は一切表情を変えない。
「あの者は信用に値しません」
銀髪の男の存在と彼への既視感が引っかかっていた。
春蘭が頑固にも隠し通そうとしたからこそ、余計に不審な思いが増す羽目になった。
しかし王の前でそうと口にしなかったのは、せめてもの恩義に報いたためである。
「だが……そなたや悠景を救ったのはほかでもない春蘭であろう。それでも信じられぬと言うのか?」
「…………」
朔弦は一旦、口を噤んだ。
実際のところ、心象に関わらず有用な“駒”となりうるのは彼女以外にいない。それは紛れもない事実だった。
他家の令嬢ではそもそも蕭家と家格が釣り合わない。
王妃に据えるというのであれば、鳳家直系長姫である春蘭でなければならないのである。
(……むしろ、都合がいいのかもしれない)
冷静に思い直した。
彼女にこだわる理由がどうであれ、王に固い意志があるのなら。
妥協するつもりがないと言うのであれば、彼は案外見かけによらず骨のある男なのかもしれなかった。
一国の王として、奸臣を根絶させるべくそのくらいの気概は見せてもらわなければ。
それは春蘭とて例外ではない。
「………………」
────これまでは慎重に慎重を重ね、安全な道を着実に選び抜いてきた。すべては謝家のために。
しかし、その結果が“あれ”だったとしたら。
石橋を叩いて渡るやり方が正しい、とは言いきれなくなった。
投げやりになるわけではないが、時には悠景のような大胆さが必要なのかもしれない。
ややあって、朔弦は長い沈黙を破る。
「……ならば、本人に示していただきます」