桜花彩麗伝
いまはまだ遠くに細く揺蕩うような微かな光に過ぎずとも、それが希望となる可能性を信じてみる気になった。
無論、ただでとはいかないが。
「誠か……!」
意外そうに目を見張る。とはいえ、朔弦が単なる冷血漢というわけではなかったことにほっとしてもいた。
「その、すなわち春蘭に力量を示させるということか?」
「左様です。すべてはあの者次第ということになります」
「……分かった。しかし妃選びまでさほど間がない。具体的にはどうするつもりなのだ?」
「まずはあの者の器を測ります」
賭けに出るほど愚かではない。
答えた朔弦はいつものごとく温度のない表情であったが、煌凌にはどこか不敵な微笑みをたたえているように見えた。思わず身震いしそうになる。
「────三日後、いま一度お尋ねください」
◇
「えっ? 朔弦さまがまたいらしたの?」
「はい……。妃選びについてお話があるそうで」
既に門前まで来ていることを紫苑から聞き、春蘭は慌てて庭院へ下りると門を開けた。
そこで待っていた朔弦は昨夜と異なり、羽林軍の武官姿である。もしや公的な用向きなのだろうか。
あたりを見回したが莞永の姿はなく、今日はひとりのようだ。
「ようこそおいでに、朔弦さま。昨晩はお手土産までいただいてありが────」
「出かける。そこの男は置いていけ」
優雅な身のこなしで腰を折った春蘭だったが、淡々と遮った朔弦に必要最低限の用件を浴びせられる。
思わず「え」と呟き、目をしばたたかせた。
置いていけと言われた“そこの男”、すなわち紫苑も突然のことに困惑する。
「ま、待って……。出かけるってどこへですか?」
「行けば分かる」
短く答えると、小脇に抱えていた白色の被衣をふわりと頭から被せる。
「わ……っ。えっ?」
急に視界が白く覆われ混乱する彼女をよそに、朔弦は至極冷静な様子で紫苑を捉えた。
「遅くとも未の刻には戻る」
「え、あの……お嬢さま!」
朔弦の態度は有無を言わせない。引き止めたり抗議したりするより先に、春蘭の手を引いて行ってしまった────。