桜花彩麗伝
無実の罪を着せられたのが、悠景や朔弦ではなかったら。
たとえば名も顔も知らない、一介の羽林軍の兵士だったら。
「はい、当然です」
これには春蘭も即答した。
ああして動いた理由は、牢の中にいたのが彼らだったからでも、左羽林軍の大将軍と将軍だったからでもない。
ただ、己の正義感や道徳に則って貫いただけだ。真実を知りながら黙っていられなかった。
その答えに迷いも偽りもない。
「……そうか」
勢力争いの筆頭家に生まれながら、何色にも染まっていないその純真さには目を見張る。
蕭家が決して持ち合わせないこの性分こそが、度胸と人望という彼女の武器だ。
それらをもって悠景らの無実を証そうと“戦う”決断をした。
一時的とはいえ実際に航季を投獄することにも成功している。
しかし、それだけのことを成し遂げても結局蕭家に与えた打撃は微々たるものであった。
容燕の横暴は相変わらずであり、航季も既に釈放され復職している。
彼らが失った名声は、薬材の配給により元通りどころか鰻登りだ。
────結果的に、春蘭たちは敗北を喫したのである。
「おまえが蕭家を相手取るのに不足しているものが何か、分かっているのか」
「え、と…………」
すぐさま答えを返せず、思い悩むように視線を彷徨わせた。
いったい何が足りなかったのだろう。
何があれば、底なし沼のような後悔と無力感に苛まれることもなく、蕭家に屈せずに済んだのだろう。
慎重さだろうか。あるいは豪胆さだろうか。
朔弦のような慧眼も才気も持ち合わせていない春蘭には、そもそも荷が重かったのかもしれない。
唇を噛み締めると、ややあって答えを呈された。
「“力”だ」
「!」
「おまえは生まれながらに鳳姓という盾に守られている。それは並大抵の剣じゃ破れない、とても強力なものだ」
朔弦の言う通りだ。大胆な行動に出ても危うい目に晒されても、これまで無事でいられたのはひとえにそれゆえだった。
宮中でほかならぬ彼にかどわされた折も、身をもってそう実感した。
「……だが、それはおまえ自身の力ではない」