桜花彩麗伝
ふたりを試すような、長く重い沈黙がその場に落ちる。
おもむろに動いた容燕は航季の佩している剣を抜き、勢いよく悠景の首に当てた。
ヒュッ、と風を切る音が真横で聞こえ、彼は思わず固唾を飲む。
平静を保っていた朔弦も、これにはさすがに無表情とはいかなかった。視線が彷徨う。
容燕からは意図を汲むことができない。
航季でさえ、事の成り行きを黙って見守るしかなかった。
再び風切り音が響き、容燕が思い切り剣を振り上げる。
「……!」
……ドッ、と強く振り下ろされた剣の切っ先が悠景の首を断つことは、結果としてなかった。
眼前すれすれの床に突き刺さり、ぎらりと鈍く光を放つ。
極度の緊張状態から解放され、悠景は小さく息をつく。
朔弦もまた、ひとまず事なきを得たことに安堵した。
「……よいか」
容燕はふたりに背を向ける。
冷酷で静かな後ろ姿は、本心をどこまでも奥へと閉じ込め、推し量ることすら許さない。
「太后に伝えよ。わたしに従順であらせられるならば“あの件”は墓まで持っていく、とな」
◇
夜が更ける。
ただでさえおぼろげに霞んで薄い月を、煙のような黒雲が覆っていく。
閑散とする町の中を、悠然と闇が闊歩していた。
開国当初から高貴な血を引く二大名門家のうちの一方、蕭家の広大な屋敷の一室に、高官たちが集る。
彼らは卓子を囲んで座った。
小さな蝋燭だけを灯し、薄明かりの中で密やかな会合を開く。
「主上が即位されてからもう何年経ちますか」
高官の一人が口火を切った。
上座に座る屋敷の主、容燕はその話題に対し、思わしげに目を細めた。
先王が崩御してから、はや九年。
現王はその後即位したものの、容燕が摂政を務めているため、未だに自ら政をしない。
かと言って放蕩気質なわけでもなく、実に日がな一日何もしないのである。
「……ちなみに主上は普段、何をなさっているので? 蒼龍殿には籠もっておられるようですが」
蒼龍殿は普通、王が政務をこなす殿であるが、現王は政務に携わっていない。
それでも基本的には毎日、蒼龍殿に入っているようであった。