桜花彩麗伝
辛く苦しいだけのはずだ。
いっそのこと手放してしまえば、すべてから解放されて楽になるのに。孤独に苛まれることもなくなるであろうに。
あれほどに弱腰で覇気に欠ける彼であれば、いますぐそうしてもおかしくない。
何も持たない無力な王は、しかし玉座だけは決して諦めようとしない────。
「……朔弦さま?」
珍しくもついぼんやりと考え事に耽ってしまった彼は、その声でふと我に返った。
「……すまない。王をどう思うか、だったな」
こくりと頷いて答えると、朔弦は視線を宙へ向ける。鋭く冷ややかな眼差しだった。
「弱い。情けない。政もしない。惰弱でやる気がない。臣下に怯えて何もできない。太子がいなくなった結果、血筋だけで即位した名ばかりの王」
「………………」
春蘭はぽかんと気抜けしてしまった。情け容赦のない散々な言葉の羅列だ。
莞永は王に対して肯定的なようであったが、朔弦の評価は真逆もいいところだ。もはや嫌いなのではないかとすら思うほど。
さすがに同情してしまうが、聞き捨てならない内容でもあった。春蘭は眉を寄せる。
「政をしない……? やる気なし、ですって?」
「朝議には出るが、本人は政に一切関わらない。すべて侍中が取り仕切っている」
朝議に出るとは言っても、意見を述べるどころか口を開くことすらなかった。
いつでも最終的に決定を下すのは形式上“摂政”である容燕で、王はただ求められるがままに頷くのみだ。
それを聞いた春蘭は訝しげに眉を寄せる。
「おかしいです。それじゃ、お父さまは……」
すなわち、宰相は────。
王の直下に位置するその地位は、臣の中では最高位で、王の補佐をして国政を司る重職である。
理由がどうあれ王が政をしないのであれば、代わりを務めるのは容燕ではなく元明のはずである。
すなわち、蕭家の横暴はそこまで及んでいるということだ。
「……宰相殿は陛下の確かな味方だな。本来なら侍中と渡り合える能をお持ちなのに、陛下が足枷となっている」
「え……」
「知らなかったか? 陛下は玉座だけでなく宰相殿にもしがみついている。臣の中でも自分の味方をしてくれるのは宰相殿だけだから、手離したくないのだろうな」