桜花彩麗伝
不安気な紫苑の呟きに、夢幻も静かに頷く。
「そうですね、同感です。しかし、わたしもあなたも、宮中においては春蘭の力になれません。官位もなく、権力もありませんから」
「それは……」
「ですが、本当の意味で謝朔弦を得られれば……彼は誰より心強い味方となるでしょうね」
朔弦に対する心象がどうあれ、それには紫苑も納得せざるを得なかった。
『もし、わたしが後宮入りすることになったら……ついて来てくれる?』
『もちろんです』
その答えに後悔もなければ、交わした約束を破るつもりも当然ない。
しかし、と考えてしまう。
いったい、どういうつもりで“ついて”いけばよいのだろう。
執事として、護衛として、兄代わりの家人として、そばにいることが果たして本当に春蘭の力になるのだろうか。
これまで、それで役に立っていたのだろうか。
そばにいるだけで守った気になってはいなかっただろうか。
見える範囲で、手の届く範囲で、見守るだけで満足していた。
……それで、いいのだろうか。
妃選びは紫苑にとっても思わぬきっかけとなった。
考えないようにしていたこと、認めたくなかったことと、向き合うときが来たのかもしれない。
「……紫苑? どうかしましたか」
「あ……いえ。何でもありません」
眉を下げて苦く笑う。夢幻は深く気に留めることもなく言を続ける。
「そうですか。……では、春蘭には引き続き謝朔弦を抱き込むべく動いてもらってください。柊州や商団のことは一旦忘れるように、と」
「え? ですが────」
思わず抗議しかける。忘れるなど到底無理な話だろう。
櫂秦を交えて話した折、春蘭はそれらの件にも首を突っ込む勢いだった。
一方で夢幻は、謹厳たる声色で断言する。
「何もかも中途半端です。これでは、すべてが失敗に終わる」
“失敗”という言葉に、苦々しい記憶が蘇った。先の薬材事件のことだ。
同じ轍を踏むわけにはいかない。
次に失うのは鳳家そのものかもしれないのだ。
「……分かりました」