桜花彩麗伝

余紙(よし)に落書きをなさるか、御八(おや)つを召し上がるかですよ。女官に確かめさせましたから間違いない」

 呆れたような笑いや失笑が湧いた。

「何と……情けない。まるで幼子(おさなご)ですな」

 ひとりの高官の言葉に再び笑いが起こった。
 容燕も目を伏せ、吐き捨てるように笑う。

 王のそんな点は容燕にとって好都合であるため、この場で取り沙汰する問題ではない。
 本質はそこではないのである。

 ひと通りの波が引いたのを見計らい、別の高官が真面目くさった態度で口を開いた。

「ところで、王妃の座がずっと空いたままです。国のしきたりにより早急に妃を迎えるべきでは?」

「ううむ……」

 高官たちが唸る。各々、顔から笑みを消した。

「とはいえ誰をその座に就けるのです? 少なくとも、我々側の人間でなければ……」

「無論です。ただ……朝廷の要職には主に蕭派が就いておりますが、鳳派の高官も少なくありません」

「何より鳳元明が最高位である宰相(さいしょう)の座に就いております」

 飛び出したその名に、容燕の眉がぴくりと動く。

 王を補佐する最高位の官吏(かんり)である宰相の地位は、兼務の職ではあるが、使いようによっては王すら操ることが可能だ。

 それはすなわち、国までもを意のままにするのと同義であった。
 そのため、容燕はかねてからその地位を喉から手が出るほど欲している。

 ────現在の朝廷では、王の直下に三省(さんしょう)と呼ばれる三つの機関がある。

 中書省(ちゅうしょしょう)門下省(もんかしょう)尚書省(しょうしょしょう)がこれにあたる。

 容燕は門下省の長官・侍中であり、元明は中書省長官・中書(れい)であった。

 また、三省のひとつである尚書省の管轄下には六つの行政機関があり、これは六部(りくぶ)と呼ばれる。

 吏部(りぶ)戸部(こぶ)礼部(れいぶ)兵部(へいぶ)刑部(けいぶ)工部(こうぶ)からなり、この三つの機関と六つの部は、合わせて“三省六部(さんしょうりくぶ)”と呼ばれていた。
 そのほとんどの要職を蕭派の官吏が担っているのが現状だ。

 また、門下省の長官というのも十分高位ではあるものの、容燕にとっては不服だった。その理由も元明にある。

 三省のうち尚書省の長官は、常置(じょうち)の規則がないために現在は任命されていない。
 加えて三省のさらに上位の官職も、名誉職であるためいまは空位だ。

 つまり、官位だけで言えば容燕も元明も同格なのである。

 ただし、宰相に任ぜられているのは元明だ。
 それにより差が生じ、彼が最高位という位置づけなのであった。
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