桜花彩麗伝
「…………」
容燕の眉間に刻まれたしわが深くなる。
この状況は明らかに不自然で、到底甘んじることなどできない。
王があからさまに元明を優遇しているのだ。
よりにもよって、元明を。
二大名門家のもう一方である鳳家の当主を。
「こんな状態で妃選びが行われては、鳳家から王妃が輩出されかねない……そうなれば我々は一巻の終わりですぞ」
「しかし、いつまでも妃選びを行わぬというわけにもいかんだろう」
妃選びによって国母とも言える王妃を選出するのは、国の存続のためにも必要不可欠である。
それを避けることはできない。
問題は、容燕がその選出過程に関与できないことだった。
いくら権力を有していようと、妃選びは元来後宮がとり仕切るものなのである。
容燕に携わる余地はないのだ。
しかし────状況が変わった。
容燕が咳払いをしてみせると、室内は水を打ったように静まり返る。
ゆらゆらと揺れていた蝋燭の灯りさえ大人しくなった。
口を噤んだ高官たちは上座の容燕を見やる。
「そう案ずるな。王太后がおるではないか」
ほかの高官たちとは異なり、容燕の声色は至極冷静で落ち着き払っていた。
その言葉に高官たちははっと各々息をのむ。
「太后さまというと、主上と反目しておられる……」
高官の一人の呟きに、容燕は「左様」と頷く。
王太后は先王の正妃であり現王の母にあたるが、血の繋がりはない。
現在の王室では王以外の唯一の王族であり、後宮の長である。
「今日、太后の方から申し出があったのだ。我々の側につく、とな」
「では妃選びも後宮も意のままであると?」
「し、しかし……鳳元明には一人娘がおります。あやつは娘を利用するにちがいありません」
「それが何だ。蕭家にも適当な人材がおるではないか」
もったいつけるように告げた容燕は、口元に笑みさえ浮かべていた。
「ほかでもない我が娘、帆珠を王妃に据えるのだ」