桜花彩麗伝

 南西部に位置する楓州は、四州の中で最も面積が小さい。
 何の(いわ)れか出身者は詩歌、書画、茶など風流を好む傾向にあり、楓州自体が名だたる文人墨客(ぶんじんぼっかく)の聖地とされている。

 特に州都・紅雅(こうが)雅趣(がしゅ)な街並みや風景に富んでおり、その特性が顕著(けんちょ)に現れていた。

 芙蓉もまた例外ではなく、こと茶に関しては深い造詣(ぞうけい)を有しているのである。

 一介の侍女に過ぎない自分が春蘭のためにできることなど茶を淹れるくらいしかないが、それでも春蘭はいつも心から喜んでくれた。

 それで十分だと、芙蓉は思っていた。春蘭のようにあたたかく心優しい主に仕えられることがどれほど恵まれたことか、知っているから。

 それでも、たまに想像することがあった。

 深窓(しんそう)の令嬢として毎日美しく着飾り、華麗な部屋で寝起きするのは、いったいどんな気分なのだろう。
 生まれた頃より苦労など知らず、春蘭のように可憐な姫として生きられたなら────。

 鏡台(きょうだい)や長椅子、天蓋(てんがい)つきの寝台に至るまで、家具や調度品はどれも一級品で息をのむほど美しい。
 同じ部屋にいながら、煌びやかな空間にひどく惨めな気持ちになることがある。

(わたしもこんなお部屋で、お姫さまみたいに暮らせたら……)

 しかし、どんなに憧れようと決して叶わない願いであることは、自分自身がよく分かっていた。

 (よわい)は同じでも、出生(しゅっしょう)がちがう。名門鳳家の令嬢という至高の身分に、名もないような侍女が並ぶべくもないのだから。

「……どうかした?」

「あ、いえ。何でもありません!」

 やわい笑みをたたえ、首を横に振る。
 ……それでも、やっぱり春蘭に仕えられるのはこの上なく幸せなことだ。

 “恩人”と呼ぶにふさわしい彼女に、日々茶を淹れることで報いられるのであれば。春の日和のようなこの毎日がずっと続いていけばいい。

「あのね、芙蓉。ちょっと聞きたいことがあって」

 こと、と茶杯を卓上に置き、春蘭は静かに切り出す。

「わたしが妃に選ばれて入内(じゅだい)したら、あなたはどうする?」
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